話題の記事続編なのに1作目の質を超えた映画5選

【あらすじ・ネタバレなし】HANA-BI / 北野武と久石譲が奏でるハーモニー

この記事では、1998年公開の映画「HANA-BI」の解説をします。北野武第7回監督作品にしてキャリア最高傑作。いや、20世紀の日本映画界が生んだ最高傑作の1つ。黙して語らぬ元刑事が最後に選ぶものは何か?人の心の一番柔らかいところにそっと触れてくるこの作品を、これからご覧になる方の邪魔をしない程度に、こういう風に観るとより味わい深く楽しめますよとお手伝い出来たらと思います。

この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。

もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。

この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。

この映画を観るかどうか迷っている人観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人ことも考え、ネタバレしないように配慮しています。

北野武が綴るこの叙情詩を、初めて観る方、もう一度観ようと思っている方、静かに人の心をゆさぶるこの作品の世界に一緒に足を踏み入れてみませんか?

目次

ジャッジタイム (ネタバレなし)

この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、

  • 上映開始から21分20秒のポイントをご提案します

ここまでご覧になると、主要な登場人物が置かれた境遇、そして主人公のキャラクターが見えてきます。「もっと観たいな」と思うか「こういうの無理だわ…」と思うかを判断頂くベストなタイミングだと思います。

概要 (ネタバレなし)

この作品の位置づけ

「HANA-BI」は1998年公開の映画。北野武が監督、脚本、編集、挿入画を担当している (”ビートたけし”名義で主演も)。編集を担当することは、北野映画3作目「あの夏、一番静かな海。」以降の常なのでそれほどの驚きはないが、本作で特筆すべきは、劇中で使われている絵画の全てを北野武自身が制作していること。詳細は後述するが、この絵が、ストーリー上も作品の芸術性を高める上でも重要な役割を果たす。

なおタイトルの”HANA-BI”は、”花火”をアルファベットで記述したものである。北野武本人の発案ではないと伝えられており、本作の構想立案初期から関連付けられたアイデア、ニュアンス、ブランドではない模様。一方で、当初は ”Fireworks” (花火) と翻訳されて海外で紹介された本作品であったが、後述の金獅子賞受賞も手伝ってか、オリジナルの”HANA-BI”でも結構通じるようで、日本文化と直接的に関連付けて”HANA-BI” と言及されることも多いようだ。

HANA-BI / Fireworks

定番の制作陣

既述の通り、本作の監督、脚本は北野武本人が務めている。一方で製作には森昌行と吉田多喜男が名を連ね、編集は北野武本人と太田義則の共同名義となっている。

この制作体制が、作品によって多少の入れ替わりはあるものの、「キッズ・リターン」(1996年) から「アウトレイジ 最終章」(2017年) に至るまでの、北野映画定番の制作首脳陣であり、そういう意味では、本作2年前の前作「キッズ・リターン」(1996年) で固められたチームワークが、本作で遺憾なく発揮されたのかもしれない。

海外での評価

1997年ヴェネツィア国際映画祭で、本作品が最高賞に当たる金獅子賞(Leone d’Oro)を受賞した。

金獅子賞受賞!

ヴェネツィア国際映画祭(1932年~)は、カンヌ国際映画祭(1946年~)、ベルリン国際映画祭(1951年~)と並んで世界三大映画祭に数えられる。特にヴェネツィア国際映画祭は、上述のように三大映画祭の中でも最古の歴史を持つことから、この金獅子賞受賞が、いかに栄誉あることか窺い知れると思う。

日本映画のヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞は、1958年の稲垣浩監督の「無法松の一生」以来。銀獅子賞受賞を含めても、1989年の熊井啓監督の「千利休 本覚坊遺文」以来の快挙であった。

なお昨今では、モスクワ国際映画祭(1959年~)を加えて世界四大映画祭と称するケースも多くなってきた。いずれにせよ、米国アカデミー賞(1929年~)も加えた、最高権威の1つから最高の評価を得たことは変わりない。

商業的な成績

残念ながら、本作品の商業的な成績は筆者の調べでは良く分からなかった。

ただ公開当時の個人的体感を述べると、上映映画館の数が限られる中で、テアトル銀座に鑑賞に行ったのだが、物凄く混んでいた記憶がある。”観たい人が観る映画”、そして鑑賞後、それぞれの想いを胸に座席を後にする。そんな雰囲気だった。

あわわっち

「HANA-BI」と「ユージュアル・サスペクツ」の2本が、テアトル銀座と強く結びついた筆者の個人的な思い出です

あらすじ (21分20秒の時点まで)

幼い子供を亡くし、自身も治る見込みの無い病気で入院生活を続ける美幸(岸本佳代子)。そんな妻を支える刑事西(ビートたけし)は、逃亡中の凶悪犯の自宅を、捜査班のメンバーと交代で張り込む。刑事課の同僚の一人堀部(大杉漣)は、中学高校の同級生で、妻同士も友人ということもあり、西の状況を慮り、張り込み番の交代を申し出る。

堀部の厚意を受け容れ、西は妻を病室に見舞うが、彼女は一言も言葉を発せず虚空を見つめるばかり。主治医に呼び出され、差し向えで今後の治療方針を話し合う西。主治医曰く、服用中の処方薬も気休めで治る見込みも薄いので、退院して自宅で充実した余生を送る方が本人の為ではないかとのこと。

そこに部下の中村(寺島進)が現れ、単独で張り込みを続けていた堀部が、予想外に自宅に舞い戻った凶悪逃亡犯に撃たれたと告げる。西の班はその後、とある地下街に逃亡犯(薬師寺保栄)を追いつめ、犯人の不意を突いて一斉に取り押さえにかかるも、西は突き飛ばされ、田中(芦川誠)は撃ち殺され、中村(寺島進)も銃撃で重傷を負う。

キレた西は、犯人の頭部を一撃で撃ち抜き即死させるも、その後弾倉が空になるまで逃亡犯の身体に銃弾を撃ち込んでしまう。

一方の堀部(大杉漣)は一命を取り留めるも、下半身が不随になり、車椅子での生活を余儀なくされる。堀部は幼い娘に子煩悩な父親であったが、仕事にかまけた生活を送ってきたこともあり、この不遇をキッカケに妻子は家を出て行ってしまう。

警察を退職した西は、自宅に戻った妻美幸(岸本佳代子)との時間を増やしていく。その間ヤクザから借金をし、自身の生活費に充てたり、殉職した田中(芦川誠)の未亡人(大家由祐子)を金銭的に援助したりする。

同じく警察を退職した堀部であったが、孤独と将来への悲観から自殺未遂を起こしてしまう。この報に心を痛めた西は、堀部の”時間はたっぷりあるし、絵でも描こうかな”と言う言葉を思い出し、水彩画を描くのに十分な画材セットを買い揃え、回復した堀部に送る。

ある晩西は、中村(寺島進)からの結婚報告の会食後も店に一人で残っていると、そこにヤクザの借金取り二人が現れる。利子も払えない程に困窮し始めた西に対する組からの警告であった。無言のままこの2人を苛烈な暴力で追い返す西。

余命いくばくもない妻のため、孤独な堀部のため、田中の遺された妻のため、そして何より自分自身のため、西はある決断をする…

見どころ (ネタバレなし)

この作品の見どころを、ネタバレなしで、幾つかの観点で掘り下げたいと思います。前半は北野映画全般に共通する見どころ。後半は「HANA-BI」固有の見どころと続きます。

北野作品の真骨頂

まず作品構成が、非常に北野映画らしく作られているように思います。これが最大の見どころですが、初見の人は結構面食らうかも知れません。と言う訳で、以下6点は、作品をより深く味わうための予習情報としてお役立てください。

1. 台詞が少ない

台詞が少ないです。トータルとして、台詞の絶対量が少ないということもありますが、心情を表現するのに台詞に頼らないという表現の方が的確かも知れません。

確かに、刑事やヤクザが相手を罵倒するに当たって「バカヤロー」「コノヤロー」の連呼は出て来ます。しかし、特にビートたけし扮する西と、大杉漣扮する堀部が、台詞も無く”表情だけ”が大きく映し出されるシーンが度々出てきます。かと言って彼らが喜怒哀楽をパントマイムするわけでもなく、その抑えた演技から滲み出す心情を静かに”味わう”間に、是非浸ってみてください。

そして、ここぞというところで飛び出す台詞に、ハッとするかも知れません。

2. ”構図”を読み取る

北野武はたびたび、”10枚の写真で2時間の映画を構成できるのが理想”という主旨の発言をしています。これは、優れた構図は、仮に静止画であっても雄弁にストーリーを語るという意味です。”お茶を飲んだ”という事実だけを伝えたいなら、飲み終えた茶碗を映すだけでよい、茶を入れたり、飲んだりするシーンは不要!という寸法です。

この哲学の下、北野作品では本作に限らず、不要なカットはどんどん間引かれて行き、示唆に富んだ構図だけが残っていきます。だから北野作品は上映時間が短いんです。

本作品も、もちろん個人差はあると思いますが、実際の上映時間103分より、体感時間は総じて遥かに長く感じられると思います。それは退屈だから長く感じるという意味ではなく、そっと訴えかけてくる何かに心が感応した量に比例しているんだと思います。

明示的な描写は少ないのに、意味するところは次々と目の前を通り過ぎて行く。この”静かなるスピード感”について行けないと、ストーリーや、登場人物の機微が追えないので集中して鑑賞して頂きたいです。

本作から1つだけ例を挙げると、下半身不随になった堀部(大杉漣)が、浜辺で車椅子に座って海を眺めていると、潮が満ちて、いつの間にか波が足元をさらっているという描写が出てきます。これは、堀部は、周囲に気にかけてくれる者が誰も居ない独り身であること、想定以上に長時間ボンヤリ海を眺めてしまったこと、そして、もはや足先が水の冷たさを感じないことの示唆です。それを一枚の”絵”で表現しています。

そして、このシーケンスで、分かり易く哀しい表情をした大杉漣の表情がインサートされるかと言うと、そんな演出はされません。その行間を埋める感性が視聴者側に求められるわけです。

3. 久石譲の音楽とのハーモニー

一方で、全ての感情が観る側に丸投げかというとそんなこともなく、シーンの雰囲気を補足するために度々登場するのが、久石譲の音楽です。”HANA-BI”のサウンドトラックは、アルバム単独でも優れたプレイリストになっていて、作業用BGMとしてもおススメです。

でも、全編に渡って音楽が下支えする訳でもないのが、北野映画なんですよね。必要なところだけなんです。その辺りは、セルジオ・レオーネ監督とエンニオ・モリコーネの関係とは異なりますね。

示唆に富んだ北野監督の”絵”と、時折久石譲が奏でる”響き”が重なってきます。このハーモニーにも注目(注耳?)です。

あわわっち

大袈裟じゃなくて、筆者はこのサントラを過去20年以上の間、何千回と聴きました。今も聴きながらこの記事を書いています!

4. 演者よりもカメラワーク

”構図”に動きを付けたい時に、出演者に能動的にアクションを取らせるよりも、カメラをパンするか、”寄り”から”引き”へカメラをズームアウトして、演者を受動的に画面にフレームインさせることで動きを出す方を好む傾向にありますね。

これにより、ビジネスパーソンが良く上司から求められる”結論から話せ”みたいな効果が生まれていると思います。まずは描きたい対象物のコアをカメラで描写し、それからそこに居合わせた者の反応をフレームに入れる。まずは結論的事実を規定し、それが関係者にどういう影響を与えたのかを追加するという優先順位です。

5. 突然の暴力

暴力シーンが出てきます。これが北野作品の評価を分けている点だと思います、正直。それが仮に表現・描写の手法であったとしても、暴力シーンが無理という方には、この作品はお勧めしません。

ただし北野作品の場合は、暴力が娯楽的なアクション・シーンとして描かれる訳ではないですね。ジョン・ウー監督あたりの描き方とは一線を画す訳です。そして、総じて暴力シーンのスイッチは突然入ります。それが、ここまで述べて来た”静”との大きなギャップを生みます。この突然の暴力という”動”が、“静”をより一層引き立てる格好になっています。

「古池や蛙飛び込む水の音」と同じ原理です。

なお本作品の暴力描写は2つのアプローチが使い分けられています。1つは、ファーストカット(=短い時間で小刻みにカットを切り替える編集)を上手く使い、途中の直接的な暴力描写(刺す、撃つ)は巧みに間引き、そこは観る側の想像力で埋めさせながら、一連の編集トータルで暴力を完結させるシーケンスと、もう1つは、完全に演者のアクションで一から十まで暴力をリアルに描写するシーケンスです。

特に後者は、ここ一番!というシーンで用いられているので、その辺りもちょっと意識しながらご覧になると、ストーリーのメリハリを理解しやすいかも知れません。

6. キタノブルー

北野監督の作品は、画面の青みが強調されるように調整されることが多く、その美しさから”キタノブルー”と称されていますね。本作でも、青空や海の描写が多く、ああこれぞキタノブルーだなぁと実感します。

特筆すべきは、同じ空の描写でも、霞が掛かったような青空と、抜けたような快晴との色合いを使い分けていること。このメリハリも、もし覚えていたら意識してご覧になると面白いかも知れません。どう使い分けているでしょうか。

紙一重な悲劇と喜劇

ここからは、本作独特の見どころをいくつか挙げます。

北野武は、従前より”悲劇と喜劇は紙一重”という主旨の発言をしていますね。不運に見舞われた当事者や関係者にとっては悲劇であっても、それを引いた立場から眺める傍観者の目には、(申し訳ないけど)可笑しく映ることがあるという意味です。起きた事態そのものが悲喜劇を決定付けるのではなく、それを見る視座が決めるのであるという論点です。

本作品でも、揉める2人の内、非は完全にBにあるのに、Bの粗暴な威圧に屈して、Aが泣き寝入りするという描写が出てきます。Aには申し訳ないけど、観ているこっちはとしてはその様がコケティッシュに見えて、可笑しくて仕方がないというシーンです。

さて、お伝えしたいのはここからです。今述べたような、悲劇を喜劇のように描写するというのは、常人にも出来ること。本作「HANA-BI」が凄いのは、喜劇が悲劇に見えてくるという雰囲気に包まれること。一つ一つのシーンはクスっと笑えて面白いのに、それが面白ければ面白いほど、それが徐々に悲しみに変わって行く感覚です。チャップリンの「街の灯」を思い出しました。

寂しさが少しずつ積み重なって行きます。皆まで申しません。大変感傷的な描写です。

挿入画

既に書いたように、劇中で使われている絵は全て、北野武によって制作されたものとのこと。

もちろん絵画単体として眺めた時も、素敵な絵だなぁと感心しっぱなしなんですが、それらの絵のメッセージが、ストーリーを表現するのに非常に大きな役割を占めてるんですよね。これが益々不要な台詞を間引いて行くことに繋がります。

特に大杉漣の表情と絵画のインサートが、この映画最大の見どころの一つだと思うので、お楽しみに!

キャッチコピーの秀逸さ

「そのときに抱きとめてくれるひとがいますか」

これが、本作品劇場公開時のキャッチコピーでした。

そのときに抱きとめてくれるひとがいますか。この作品を鑑賞した後だと、この一文に込められたメッセージ、この一文が如何に示唆に富んでいるか、感じて頂けるのではないかと思います。是非、鑑賞後にもう一度読み返してみてください。

時系列の入れ替え

本作品では、若干時系列を入れ替える編集がなされており、回想によって過去を振り返るシーンが出てきます。これが初見だとちょっと分かりにくいかも知れません。そういう編集がなされている箇所があるんだぞと分かっているだけでも、大分理解度が変わってくると思うので、気に留めておくと良いと思います。

監督:北野武

まとめ

いかがでしたか?

「HANA-BI」の世界を存分に楽しむために、北野作品全般の特徴、本作品固有の特徴を、ネタバレなしでお伝えしたつもりです。この素晴らしい作品が、より味わい深く鑑賞できるお手伝いが出来ると嬉しいです。

なお、最近改めて20歳前後の長男、長女とこの作品を鑑賞したのですが、視聴後2人とも「何これ?」と感嘆してました。こんなBlu-ray 我が家にあったの?隠し持ってたの?と。制作から25年の時を経ても、若い世代にも響くようです。

この作品に対する☆評価ですが、

総合的おススメ度 4.5 おススメ出来ない点は暴力描写だけです
個人的推し 4.5 時系列の入れ替えがやや難解なのだけが気になる
企画 5.0 設定、世界観、全てが最高です
監督 4.5 これが103分に込められた分量なんですよ!
脚本 4.5 息苦しいほど、哀しみが折り重なってきます
演技 4.5 演技がダメな奴いましたか?
効果 5.0 挿入画がヤバいです。
こんな感じの☆にさせて貰いました

このような評価にさせて貰いました。この作品に☆を付けるという行為自体がおこがましいです、我ながら。

20世紀が生んだ日本映画の最高傑作の1つです。北野映画、日本映画、これを観ずして何を語ると言うのか!?

ストーリー、芸術性、そして内容の濃さ。申し分ないです。是非ご覧ください!

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