この記事で紹介する「ブレードランナー」は、1982年に初公開されたSFアクション映画。SF映画の金字塔と評されるのみならず、特に「サイバーパンク」と呼ばれるSF映画のサブジャンルを確立させたと目される。東京歌舞伎町や香港をイメージしたと言われる、煌びやかだが退廃的な街並みを背景に、フィクションの中で、人間の体や脳機能、心理という深遠なテーマを掘り下げていくのが特徴。既存のSF映画に対するアンチテーゼのような作品。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
なお、この記事では2007年に公開された「ファイナル・カット版」を基本的に念頭に置きながら書いて行きたいと思います。監督三作目にして、既にキャリア最高傑作であるこの作品を世に送り出してしまったリドリー・スコット。この独特な世界観をネタバレなしでご紹介することで、皆さんの有用な予習情報にして頂ければと思います。
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から26分20秒の時点をご提案します。
この辺りまでご覧になると、この映画の世界観と、ストーリーがおぼろげながら見えて来ると思います。ストーリーを完全に把握するにはまだまだご覧頂く必要がありますが、この作品が好きか嫌いか判断するには十分かと思います。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ブレードランナー」(原題: Blade Runner) は、1982年初公開のSFアクション映画。1980年代に想像した2019年のロサンゼルスが舞台となっている。ただし、ロサンゼルスと言っても、東京歌舞伎町や香港をモデルにしたとされる、ネオンひしめく乱雑な街並みを、退廃的にかつ幻想的に描き上げているのが、この映画の最大の特徴だ。
この映画には原作小説があり、それはフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」である。ただし、映画ではこの原作本の世界観は踏襲されているものの、ストーリーは多分に変更されているので、「原案」として捉えるぐらいが適切と言われており、特に、この映画の重要な要素である”ブレードランナー”、”レプリカント”という用語も、映画化に際して流用、考案された用語であることはつとに有名。
ちなみに、フィリップ・K・ディックの小説は何度も映画化されている。というのも、その作風は、サイエンス・フィクションの中で、個人のアイデンティティが外部環境の変化によって揺らぐストーリーが多いという特徴が挙げられている。
本作「ブレードランナー」においても、人間そっくりに製造された”レプリカント”(”アンドロイド”では視聴者がロボ的な印象を持つ恐れがあったので、”レプリカント”という造語が作られた)が登場し、端から自身がレプリカントであることを知らされ、人間の代わりに過酷な労働に従事させられる者たちの哀しみや、レプリカントと知らされずに人間だと思って生きている者が、自身をレプリカントなのでは?と疑うことで、自身の存在意義が揺らぐ葛藤が描かれて行く。
下の表のフィリップ・K・ディックの映画化作品を眺めて貰えれば、自身のアイデンティティが揺らぐ作品ばかりが並んでいることに気付かれると思う。
映画作品 | 公開年 | 原作本 | 監督 | 主演 |
ブレードランナー | 1982 | アンドロイドは電気羊の夢を見るか? | リドリー・スコット | ハリソン・フォード |
トータル・リコール | 1990 | 追憶売ります | ポール・バーホーベン | アーノルド・シュワルツェネッガー |
トゥルーマン・ショー | 1998 | 時は乱れて (※アイデアの転用程度) | ピーター・ウィアー | ジム・キャリー |
マイノリティー・リポート | 2002 | マイノリティー・リポート | スティーブン・スピルバーグ | トム・クルーズ |
ペイチェック 消された記憶 | 2003 | 報酬 | ジョン・ウー | ベン・アフレック |
スキャナー・ダークリー | 2006 | 暗闇のスキャナー | リチャード・リンクレイター | キアヌ・リーヴス、ウィノナ・ライダー |
NEXT -ネクスト- | 2007 | ゴールデン・マン | リー・タマホリ | ニコラス・ケイジ |
アジャストメント | 2011 | 調整班 | ジョージ・ノルフィ― | マット・デイモン |
トータル・リコール | 2012 | 追憶売ります | レン・ワイズマン | コリン・ファレル |
商業的成果
この作品は、後述するバージョンの差異によって上映時間は若干異なるが、基本的には116分~117分の範囲に収まっている。2千8百万ドルの製作費に対して、世界興行収入は4千2百万ドルと、1.49倍のリターンしか収益をもたらすことが出来なかった。ハッキリ言って大コケである。
同年に、同じSF作品である「E.T.」が公開され超大ヒットを記録したという不遇。「スター・ウォーズ・シリーズ」で人気を博してきたハリソン・フォードの主演が、本作の作風に対して観客をミスリードした可能性等もあり、商業的には散々な結果であった。
芸術的評価
この映画は、「アメリカ国立フィルム登録簿」(National Film Registry) に登録されている。これは、連邦政府国立フィルム保存委員会(The United States National Film Reservation Board)が毎年25作品を選定するもので、本作品が、アメリカの文化的、歴史的、芸術的に、後世に多大な影響を与えたことが公的機関からも認められた証である。
人工的なアンドロイドであるレプリカントと、生身の人間が混在する近未来を描くことで、人間のアイデンティティの危機を掘り下げるという深遠なテーマが高く評価されている側面もあるが、それよりなりよりも、2019年のロサンゼルスのビジュアルが非常に高い評価を得ている。
環境破壊を想起させる酸性雨。高層ビルが立ち並び、その谷間で暮らす大都会の過密。ディティールにこだわった街の装飾。そして、特徴的な機械的なBGMと、全てが独創的である。これらが、後のSF作品に多大な影響を与えていて、カルト的な人気も博している。
バージョン(版)の多さ
こうした根強いファンの後押しもあってか、ディレクターズカット版の他にファイナルカット版が制作されるという稀に見る作品である。全バージョンについて下の表にまとめてみたので、参考にして頂きたい。
映画作品 | 公開年 | 概要 |
リサーチ試写版(ワークプリント版) | 1982 | 1982年3月にデンバーとダラスで、テスト用の視聴者に公開されたラフカットの版 |
サンディエゴ覆面試写版 | 1982 | 1982年5月に極秘で公開。ほぼ米国公開版に近い(幻の3つのシーンが公開された只一回の公開) |
米国劇場公開版 | 1982 | いわゆるオリジナル版。ハッピー・エンディングとされ、ハリソン・フォードのボイスオーバーあり。 |
インターナショナル劇場公開版 | 1982 | ヨーロッパ、オーストラリア、アジアで公開。相対的に暴力色が強い。 |
米国TV放送版 | 1986 | TV放送に合わせ、暴力と肌の露出をトーンダウン |
ディレクターズカット版 | 1992 | リドリー・スコット監修の再編集版 |
ファイナルカット版 | 2007 | リドリー・スコット総指揮による再々編集版 |
あらすじ (26分20秒の時点まで)
時は2019年11月。タイレル社が開発した人間型ロボット”レプリカント”は、ネクサス6型までバージョンアップが進むと、もはや人間と見分けが付かなかった。身体能力、知力の高い彼らは、人間の代わりに他の惑星の探検や開発といった、危険で過酷な労働に従事していた。
ところが、レプリカントは最新モデルになるにつれ感情が芽生えやすくなり、その一部が反乱を起こし地球に潜入するようになる。人間は”ブレードランナー”という特捜班が組織し、この逃亡レプリカントを処分することになる。
今日も、4体のレプリカントが、労働に従事していた宇宙植民地で反乱を起こし、スペースシャトルを奪って地球に潜入する事件が発生する。元ブレードランナーであるリック・デッカード(ハリソン・フォード)は、半ば強引に捜査班に呼び戻され、他より手強いと判断されたこの4体を追跡処分するよう言い渡される。
レプリカントには、感情が芽生える前に稼働を停止できるよう4年という寿命が設定されており、世代交代を図る運用がとられている。地球に舞い戻った4体は、戦闘モデルであるロイ・バッティ(ルトガー・ハウアー)に率いられ、製造元のタイレル社に潜入しようと試みている。デッカードは、その目的を解き明かし、4体を処分する任務を負う。
手始めにデッカードはタイレル社に向かうように指令され、そこでタイレル博士(ジョー・ターケル)の秘書レイチェル(ショーン・ヤング)のレプリカント識別テストを依頼される。結果は黒で、レイチェルもレプリカントであることを見抜くデッカード。
ところがタイレル博士から驚きの事実を聞かされる。レイチェルは特別な試作機で、本人にもレプリカントである事実は伝えていないという。しかし、それゆえに間らしい感情が既に芽生え始め、最近では自身の出自に疑問を持ち始め、その結果情緒が不安定になって来ているという。博士は、彼女をより完全な人間に近付けるためには、彼女に過去の記憶を移植して、より精神的な安定を図るという。
デッカードは、逃げた4体の1つリオン(ブライオン・ジェームズ)が潜伏していたアパートを捜査し、遺留品から4体の足取りを追っていく。4体は、自身の内部に設定された寿命が切れる恐怖に怯え、デッカードの追跡に苛立ちながら、何とかこの設定を解除する方策を探す。
果たして、デッカードは、この4体を捕獲し処分することが出来るのだろうか?レイチェルは、自身がレプリカントであることに気付くのだろうか?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを、ネタバレなしで幾つかのポイントにまとめてみたいと思います。既に述べたポイントもありますが、改めて整理してみます。
視覚効果の高さ
空想の2019年のロサンゼルスは、どこか懐かしいようでもあり、異世界空間のようでもあり、とにかく陰鬱で退廃的な雰囲気を作り上げています。ネオンの閃光、永遠に降り続く酸性雨、高層ビルとその隙間を飛ぶスピナー(飛行自動車)は、”サイバーパンク”というSF映画の一つのジャンルを確立しました。是非、その目でこのビジュアルをご確認ください。
特に、オレンジ色と青色が強調されるように色調が調整されています。この特定の色を強調する演出は、リドリー・スコット監督の作風の特徴でもあるので、その辺りも気にしてご覧になると、より味わい深いかも知れません。
人間とは何か?
この映画では、肉体や知能を究極に人間に近付けた”レプリカント”が登場します。そして、最後の詰めとして、幼少期からの記憶を移植することで、人間としての完全体を目指すなんて話も出てきます。こうなった時に、人としてのアイデンティティ、生命の価値、人格を形成する主要素しての記憶といった深遠なテーマと繋がって行きます。
こうした、日常生活では考えもしない手強い現実を、視聴者にぐいぐい突き付けてくるので、単なるSFアクション映画とは全く一線を画す作風になっています。お好きな方は、この世界観にハマるんじゃないかと思います。
ブレードランナー、リック・デッカード
ハリソン・フォード扮するリック・デッカードは、人間とレプリカントを見分ける専門技能を持ち、逃亡したレプリカントを狩っていく”ブレードランナー”です。ただし、このリック・デッカード自身も、人間ではないのではないか?レプリカントなのではないか?というテーマが、長年ファンの間で議論されてきました。
リドリー・スコット監督自身もこの論争に参戦しており、その結論をより強調するために、ディレクターズカット版に更にファイナルカット版を重ねたと言われるぐらい、重要なテーマです。是非、ご自身がどう感じるかをお確かめください。
機械的な音楽
ヴァンゲリスによるオリジナル楽曲が、未来的で幻想的なこの映画の雰囲気を更に強調してくれます。機械的なのに、どこか物悲しい。この映画にぴったりな楽曲群だと思います。これまで述べて来た視覚的な要素と音楽が一体となって物語を進行させていきます。
特に、Blade Runner – End Title が有名ですね。
オリジナル版とファイナルカット版の差分
ファイナルカット版には、結構大きな変更が施されていて、オリジナル版との比較という観点では以下の差分が挙げられます。
- ボイスオーバーの除去: ハリソン・フォードによるボイスオーバー(リック・デッカードの内面的な考えや感情を視聴者に説明する)が、ファイナルカット版から削除されています。これにより映画の視覚の重要性が増し、物語をより雰囲気で強調する効果に繋がったとされています。
- ユニコーンの夢のシーン: ファイナルカットには、デッカードが見るユニコーンの夢が、完全な尺で登場します。果たして、これにはどんな意味があるのでしょうか…
- 終わり方の変更: オリジナル版とファイナルカット版ではエンディングが異なります。実際にどんな内容なのかは観てのお楽しみ。
- ビジュアルとサウンドの改良: ファイナルカットでは、映像効果(ビジュアルエフェクト)と音響効果(サウンドトラック)が改良されています。これにより映画の視覚的、音響的な体験が向上したと言われています。
- 一部シーンの編集: 当然のことのように、幾つかのシーンが再編集されています。
このように、テクノロジーの進化に合わせて一部に手を入れたというレベルではなく、物語の根幹に関わるような部分まで更新されているのが、ファイナルカット版の特徴です。
5つの観点で見どころを挙げてみましたが、皆さんがこの映画を視聴されるに当たって、より味わい深く鑑賞される一助になっていると嬉しいです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
優れたSF映画は数多くあれど、これだけ深遠なテーマを投げかけ、視覚でもファンを引き付け、そして公開時と後の評価に落差がある作品は無いのではないでしょうか?
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 3.5 | 好き嫌いが完全に分かれる作風だと思います |
個人的推し | 4.5 | 絶対に1回は観て頂きたい作品 |
企画 | 4.0 | この原作を題材にした段階で半分勝利! |
監督 | 4.0 | 世界観の創造が凄い! |
脚本 | 3.0 | 必要以上に難解な気が若干… |
演技 | 4.0 | ルトガー・ハウアーの演技がイチオシです! |
効果 | 4.5 | 近未来都市の描写! |
2019年のロサンゼルスと言われる退廃的な都市の情景に、ただただ見入ってしまいます。
スター・ウォーズ Ep.1 ― Ep. 3に出て来る首都星コルサントなんて、明らかにこの情景の影響を受けていると思います。クローン・ウォーズというアニメシリーズに出て来るコルサントの描写が特に。
ルトガー・ハウアーやショーン・ヤングのレプリカントの演技と、視覚効果による没入感が素晴らし過ぎて、このレプリカント良く出来てるなー、人間にソックリじゃん!と、感覚がバグった発想に陥ることもしばしば。
映画がお好きな方には必須科目だと思いますので、どこかのタイミングで一度はご覧になってみてください!