この記事でご紹介する「パリ、テキサス」は、1984年のヴィム・ヴェンダース監督の映画。記憶を失った状態でテキサスを放浪していた一人の男が、家族との再会を通して徐々に自分を取り戻していく様を描くロード・ムービー。
1984年の第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した芸術作品。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
ボンヤリ観ていると、大した起伏も無い退屈な映画に見えてしまうこの映画。では、こんな風に鑑賞するのはいかが?という目線を一緒に考えてみますので、ちょっとこの記事で予習して行きませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から30分00秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、この映画の雰囲気、特にテンポが分かって来ると思います。そして、コトの発端や、”ロード・ムービー”としてどのように話が転がり始めるかの端緒がつかめる頃だと思うので、この作品が好きかどうか、観続けたいと思うかの判断をするのに最適なタイミングだと思います。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「パリ、テキサス」(原題:Paris, Texas) は、1984年のロード・ムービー。監督はドイツ人のヴィム・ヴェンダース。時代を感じさせる事実だが、製作は西ドイツ(!)とフランスの合作である。
本作品は、1970年に長編映画監督デビューを果たしたヴェンダースの11本目の長編監督作品である。そして実にヴェンダース監督らしい作風である。大事件が続いて起こるようなドラマティックな展開はないが、登場する人々の感情が、心象風景のような美しい映像と共に画面に映し出されて行く。大変叙情的な作品である。
パリ、テキサスという住所
ロード・ムービーであり『パリ、テキサス』と聞くと、本作品を(フランスの首都)パリとアメリカ合衆国テキサス州を巡る旅情たっぷりの作品と想像しがちではないだろうか(筆者だけ?)。
実際のところはちょっと違う。
本作品で扱われる”パリ、テキサス”というのは、テキサス州に実在する町の名前である(同州ラマ―郡の小さな町)。作中でも、フランスの首都と同じ名前の町が実在することを前提に、登場人物の会話に出て来るので、この実在の事実を取り敢えず押さえておこう。
芸術的評価
本作品は、1984年の第37回カンヌ映画祭で、最高賞であるパルム・ドールを受賞するなど高い評価を受けている。
なおヴィム・ヴェンダースは、「ベルリン・天使の詩」(1987年) で監督賞、「時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!」(1993年)で審査員グランプリ賞、共同製作した「セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター」(2014年)で特別賞を受賞する等、カンヌ国際映画祭では長期間に渡って高評価を得ている映画制作者である。
また、製作した「ことの次第」(1982年)では第39回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を、監督した「ミリオンダラー・ホテル」(2000年)では第50回ベルリン国際映画祭で審査員賞を受賞しており、カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンの三大国際映画祭全てでの受賞歴を誇る(アカデミー賞ではノミネートまで)。
商業的成果
本作品の上映時間は147分で、個人の判断が分かれるところだが、体感的には少し長いと感じるかも知れない。製作費150万ドルに対して、世界興行収入は230万ドルである。興行的な成果を上げた作品というより、芸術的に高い評価を上げた作品と言える。
あらすじ (30分00秒の時点まで)
テキサス州の砂漠のど真ん中にある小さな商店に、砂漠を徒歩で渡って来た正体不明の男(ハリー・ディーン・スタントン)が立ち寄り、そのまま行き倒れてしまう。
近所の医者に担ぎ込まれたこの男は、命に別状はなかったが記憶を一切失っており、おまけに極端に無口なので、身元や事情がまるで分からない。町医者が財布の奥に入っていた名刺を見つけ出し、そこに書かれた電話番号に連絡すると、その相手は患者の弟ウォルト(ディーン・ストックウェル)。倒れた張本人はトラヴィス。そして、トラヴィスは4年間行方不明だったことが判明する。
弟ウォルトはロサンゼルスで小さな看板製作会社を営むビジネスマンで、飛行機に乗ってテキサスまで大急ぎで兄トラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)の身柄を引き受けに行く。ウォルトはレンタカーに乗り継ぎ、砂漠にまで到着すると、町医者に言われるがままに法外な治療費を支払い、兄トラヴィスを引き取る。
ウォルトは近くのモーテルに兄トラヴィスを連れて行き、見すぼらしい服装の兄の着替えを買いに行くなど、献身的に兄の世話をしようとする。しかし、全く言葉を発しないトラヴィスは、ウォルトが目を離すと直ぐに部屋を抜け出し、再びどこかへ向けて歩き出してしまう。とにかくトラヴィスは会話に応じないので、意思の疎通ができない。
何を思っているのか?何がしたいのか?どこへ向かっているのか?
ウォルト(ディーン・ストックウェル)は何はともあれロサンゼルスの自宅にトラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)を連れ帰ろうとするが、飛行機を嫌がり、一旦搭乗した機体から無理やり降機するトラヴィス。
空路を諦めたウォルトはレンタカーでトラヴィスを連れ帰ることにするが、今度はトラヴィスは謎のこだわりを見せ、レンタカー屋に先ほど返却した個体にしか乗らないと言い張る。ウォルトはレンタカー屋を強引に説き伏せ、何とか先程返したばかりの車体を再度借りると、兄弟は丸2日は掛かるであろうロサンゼルスへ向けて、長い車の旅に出る。
車中トラヴィスは、支離滅裂ながら少しずつ言葉を発するようになる。しかし、失踪していた4年間の謎は丸で解けない。分かったことは、トラヴィスが目指していたのはテキサス州のパリ。そこに土地を買ってあるという。
ロサンゼルスのウォルトの家には、ウォルトの妻アンと、もうすぐ8歳になるトラヴィスの息子ハンターがいる。ハンターは、4年前にトラヴィスとトラヴィスの妻ジェーンに捨てられ、3歳から人生の半分である4年間をウォルトとアンの息子として育てられてきた。
果たして、アンとハンターは、トラヴィスをどのように受け止めるのだろうか?トラヴィスは自分を取り戻すことは出来るのだろうか?そして、トラヴィスの妻ジェーンは一体どこで何をしているのだろうか…?
見どころ (ネタバレなし)
この秀逸な芸術作の見どころを3つのポイントに絞ってお伝えしてみたいと思います。全てネタバレなしで書いていくので、このヴィム・ヴェンダース監督初期の傑作の素晴らしさが、少しでもお伝え出来ると嬉しいです。
視点(主人公)と視座(脇役)
この映画は紛う事(まごうこと)なきロード・ムービーです。
どの辺りがロード・ムービーなのかと言うと、主人公のトラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)が、例えば分かりやすい例で言うと、テキサスからカリフォルニアまで弟ウォルトとハイウェイを車で移動し、その間に失くしていた自分の記憶や感情を少しだけ取り戻す様が描かれます。この辺りのアプローチがまさにロード・ムービーです(※ 全編に渡って車で移動している訳ではない)。
物理的に移動したり、あるいは心象風景の中で心が別の心情に移ったりして、主人公の心に最初は少しずつ、でもそれがやがて大きな変化になって行くという描写は、全く新鮮味の無い典型的なロード・ムービーです。
ところが、この作品の独創的なところは、そのトラヴィスの再生の物語を誰の視座(=目線)で描くかという点が非常に興味深いのです。結論を急ぐと、本作品では実はこの視座がストーリーの進行と共に交代して行くのです。
最初はテキサスまで身柄を引き取りに行った弟のウォルト(ディーン・ストックウェル)の視座で。次は、ウォルトの家でトラヴィスを優しく迎え入れるウォルトの妻アン(オーロール・クレマン)の視座で。そして次は・・・という具合にです。
物語の最大の主題であるトラヴィス再生の旅という視点を、その再生の過程に応じて視座を入れ替えて行くことで、心を取り戻すステップがより際立つロード・ムービーなんです。是非この点を意識してご覧になってみてください。ヴェンダース監督がトラヴィスの心情に寄り添う描写がより際立つと思います。
この映画最大の見どころだと思ってます!
不思議ちゃんハリー・ディーン・スタントン
とにかく、怪優ハリー・ディーン・スタントンの演技が光ります。
映画の冒頭では、トラヴィスというキャラクターは、ボロボロの服を纏った(まとった)冴えない小汚いオッサンとして登場します。
「えっ!この人が主人公なの?この後2時間以上視聴に耐えうるかしら?」
ってちょっと思っちゃったりします。
特に序盤は、このオッサン、トラヴィスに謎のムーブが多いです。テキサスからロサンゼルスに連れ戻そうとする弟のウォルトは振り回されまくります。この映画の4年後に公開される「レインマン」は、この様を参考にしたのでは?と思うほど、不思議ちゃんの兄と帰路を急ぐ実業家の弟という構図が印象付けられます。
しかし、もう少し観続けると、ハリー・ディーン・スタントンの物憂げな表情の奥に見える哀しみや優しさ。時折瞳に映る希望の光や後悔の影に、少しずつ引き込まれて行ってしまうこと請け合いです。
1つ目に書いた見どころと、この2つ目とを合わせると、
トラヴィスに一体何があったの?
というこの作品の最大の謎に対して、ハリー・ディーン・スタントンの静かで繊細な演技と、交代して行く脇役たちの心情的な目線とが合わさって、様々なアングル、様々な距離感から迫ることになります。これが2つ目の見どころです。
誰に共感しながらこのトラビスを見入るか?が何粒も楽しめる映画です
BGM
この映画はBGMが素晴らしいです。これが3つ目の見どころ(聴きどころ)です。
曲の素晴らしさ、映画に対してどうベストマッチなのかは、聴いて頂くしかないのですが、ヴィム・ヴェンダース監督は、この作品でBGMを手掛けたライ・クーダーと出会い、その後の複数の監督作でもクーダーを音楽監督に起用していきます。
そのぐらいクーダーの音楽、クーダーのセンスに魅入ったということなんでしょう。鑑賞しながら、もし覚えていたらBGMにもちょっと気を配ってみてください。
作品全編を覆う乾いた空気の感触と、BGMのザラっとしたテーストがとても合うんですよねぇ
まとめ
いかがでしたか?
ともすると、トラブル、トラブルの連続によって彩ることが定番になりがちなロード・ムービーにおいて、主人公の表情や息遣いを、視座を入れ替えることで様々な目線で伝えて行く手法が採られているこの作品。皆さんの鑑賞に奥行きをもたらせていれば幸いです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | ちょっと尺が長いのがたまにキズかなぁ・・・ |
個人的推し | 4.5 | 個人的には絶賛オススメ作です! |
企画 | 3.5 | 企画自体に特段頭抜けたところは感じない?? |
監督 | 4.5 | この企画をこうやって引っ張り上げちゃうんだ! |
脚本 | 3.5 | ストーリーは何てことないんですけどね… |
演技 | 4.5 | 各俳優さんの抑えた演技が素晴らしい! |
効果 | 4.0 | 映像の美しさとBGM |
このような☆の評価にさせて貰いました。
企画とか脚本は、素人目には別に普通なような気がするんですが、監督と俳優さんのアプローチが素晴らし過ぎて、鑑賞している自分も、同じ車内に、同じ室内に、ソファの隣に座っているような気持ちがずーっとしてて、ジワジワジワジワと気持ちが揺さぶられて行きます。
ちょっと上映時間が長いけど、ハマったら、この映画の世界観に浸り切ってしまうのでは無いでしょうか。
最新作「Perfect Days」も素晴らしかったけど、初期の作品も素敵だなぁ、ヴィム・ヴェンダース監督