この記事でご紹介する「パターソン」は、2016年公開のアメリカ・ドイツ・フランス合作映画。ジム・ジャームッシュが脚本、監督を務め、アダム・ドライバーが主演を務めている。
一見すると退屈極まりない市営バス運転手パターソンの日々の生活を描いた作品だが、監督の目線が温かく、ほのぼのと出来る作品。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
主人公たちの、決して裕福とは言えないささやかな生活の中で、どうしても欲しい物はちょっと背伸びして購入したり、大切に扱っていても形あるものはいつかは壊れたりする出来事を通して、自分の人生の大切なモノ・コトって何だろう?と改めて考える機会を与えてくれる秀作。
つまらない?とんでもない!この記事でジャームッシュ監督が描く美しい世界をちょっとだけ予習して行きませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から15分40秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、この映画のテーストが完全につかめます。そして、数日間をつづる本作の最初の日(月曜日)が終わるので、テンポも掴めると思います。この先も観るかを判断する最短かつ最適なタイミングだと思います。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「パターソン」(原題:Paterson) は2016年公開の映画。ジム・ジャームッシュが監督と脚本を担当している。ジャームッシュ監督にとって13本目の監督作品であり、ジャームッシュ・ワールド全開の映画である。
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映画は、アダム・ドライバー演じるパターソンとゴルシフテ・ファラハニ演じるローラという若い夫婦の、”月曜日”から始まる1週間を描いていく。ここでちょっとポイントとなるのは、その”月曜日”には年・月・日は明示されていないこと。すなわち、普段通りの”月曜日”や”火曜日”という、何気ない夫婦の生活を描いていくところに、この作品の力点は置かれている。
このあたりの物静かなアプローチが、本作品への評価を分けるところであり、一見すると「つまらない」と評される最大の要因と考えられる。
”パターソン”
この映画のタイトルである”パターソン”(原題:Paterson)は、アダム・ドライバーが演じる主人公の名前であり、物語の舞台となるニュージャージー州パターソン市(人口16万人程度のニューヨークの近郊の町)の地名でもある。
そして、このパターソン市は、ウィリアム・カルロス・ウィリアムズに代表される著名な現代詩人を何人も輩出している土地であり、そんな小さな町で市営バスの運転手をして生計を立てている主人公パターソンが、どこに発表するでもなく毎日ひっそりとノートに詩を書き溜めているというのが、この映画のモチーフだ。
パターソン(アダム・ドライバー)は、地元の先輩詩人W・C・ウィリアムズを敬愛しており、彼の「初期詩集」は何度も読み返した愛読の書という設定になっている。
芸術的評価
ジム・ジャームッシュ監督は、本作品を第69回カンヌ国際映画祭のオフィシャル・コンペティションに出品している。しかし、受賞には至っていない。
ジム・ジャームッシュは、「パーマネント・バケーション」(1980年) で監督デビューを飾っているが、この作品はジャームッシュのニューヨーク大学の卒業制作の一環でもあり、撮影に使われたフィルムはヴィム・ヴェンダースに贈られた物であった。
ヴィム・ヴェンダースの「パーフェクト・デイズ」(2023年) は、何気ない日常を通して心の機微を描くという共通点から、この「パターソン」の影響を受けているのでは?とささやかれることもあり、ヴェンダースとジャームッシュの師弟関係にファンは胸アツである。
商業的結果
本作品の上映時間は118分と標準的な長さである。製作費は500万ドルで、世界興行収入は960万ドルである。決してヒット作とは言えない興行成績である。記録より記憶に残る作品と言えるかも知れない。
キャスト
主な出演者は以下である。
役名 | 俳優 | 役柄 |
パターソン | アダム・ドライバー | 主人公、市営バスの運転手 |
ローラ | ゴルシフテ・ファラハニ | 主人公パターソンの妻 |
ドク | バリー・シャバカ・ヘンリー | パターソンが毎夜立ち寄るバーのオーナー |
ドクの恋人 | ジョニー・メイ | バーのオーナーの恋人 |
サム | トレヴァー・パラム | バーの飲み仲間 |
デイヴ | トロイ・T・パラム | サムの双子の兄弟 |
ドニー | リズワン・マンジ | バス車庫長 |
エヴェレット | ウィリアム・ジャクソン・ハーパー | マリーとの失恋を引きずる男 |
マリー | チャステン・ハーモン | エヴェレットの幼馴染で元恋人 |
メソッド・マン | クリフ・スミス | コインランドリーで一人ラップを練習する男 |
若い詩人 | スターリング・ジェリンズ | |
バス車中の子供たち | ドミニク・リリアーノ、ジェイデン・マイケル | 地元出身のボクサー、”ハリケーン”・カーターについてお喋りしている |
ジミー | ブライアン・マッカーシー | バス車中の2人組の1人 |
ルイス | フランク・ハーツ | バス車中の2人組の1人 |
ブラッド | ルイス・ダ・シルヴァ・ジュニア | オープンカーを乗り回している男 |
アナーキストの学生 | カーラ・ヘイワード | バスに乗っているアナーキストの学生 |
アナーキストの学生 | ジャレッド・ギルマン | バスに乗っているアナーキストの学生 |
日本からやって来た詩人 | 永瀬正敏 | 日本からパターソンにやって来た詩人 |
あらすじ (15分40秒まで)
月曜日。
美しい妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)と2人で暮らすパターソン(アダム・ドライバー)は、朝6時過ぎに、目覚ましのアラームが無くとも目を覚ます。そして、まだ眠たげなローラをベッドに残したまま、台所で一人シリアルの朝食を取り、そっと小さな一軒家を後にする。
まだ朝日が昇り切らないパターソン市の美しい町並みの中を、パターソン(アダム・ドライバー)は職場へと歩いていく。そんな時にも頭に思い浮かぶのは新しい詩のフレーズ。今日のモチーフは今朝台所で目にしたマッチ箱のパッケージ。パターソンは、日常のちょっとした気付きを詩に綴るのが大好きだ。
街角で顔なじみの住民に挨拶をしながら歩みを進めると、やがて職場である市営バスの車庫に着く。これから自身が運転するバスに乗り込み準備が整うと、パターソンは運転席に座って出発時間までノートに詩を書きとめる。
するとやがて車庫長のドニーが現れて、定められた点検手順をこなす。これが終わると、パターソンはバスのエンジンをスタートさせ、路線バスを運行すべく町へと出掛けて行く。
多種多様な人々が生活するパターソンの町中を、バスで静かに走り抜けていると、運転席からも乗客の楽し気なお喋りが耳に入る。今日は黒人の少年2人が、地元出身のボクサー、”ハリケーン”・カーターの銃撃事件の真偽や、次のハロウィンの衣装について話し合っているのが聞こえる。そんな生き生きとした会話をそっと静かに楽しむパターソン。
お昼休みには公園で、妻ローラが作ってくれたサンドウィッチを食べながら、ノートに詩の続きを書き綴る。今日はオハイオ・ブルー・ティップ印のマッチ箱について、美しい文章を並べて行く。
夕方仕事を終えると、徒歩で帰路に就く。自宅はローラが自作したカーテンやクロスに囲まれている。そしてそのローラが夕食の準備をしていてくれる。
日が暮れると、飼い犬のイングリッシュ・ブルドック、”マーヴィン”を連れて散歩に出かける。道中”ドク”のバーに立ち寄り、ビールを一杯飲むのも日課の一つだ。
今夜はバーには、このバーでの飲み仲間サムが居たが、傍らに居たサムと瓜二つの双子の兄弟デイブを紹介された。「サム&デイブってこと?」と声を掛けると、2人はちょっとだけウンザリした表情を見せて「両親がソウル・ミュージックの大ファンだったから」と由縁を教えてくれる(※ サム&デイブは有名なソウル・ミュージックのデュオ)。
こうして、パターソンの1日が終わる。
果たして、火曜日、水曜日、木曜日… にはどんな出来事が待ち受けているのだろうか…?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを3つの観点に絞って書いてみたいと思います。それは解説とか考察とかそんな大それたものではなくて、筆者にはこう見えたけど、皆さんの目にはどんな風に映りますか?という程度の物です。
ただし、全てネタバレなしで書いていきますし、こんな見方をすると、この作品をより味わい深く鑑賞するお手伝いになることを目指しているので、皆さんのイイ感じの予習情報になれると嬉しいです。
毎日が新しい一日
この映画のテーマ(主題)は、「毎日が新しい一日」という、私たちへの投げかけだと思います。
”月曜日”と見分けが付かないような平凡な”火曜日”の中で、何を発見できるか?それをどれだけ楽しめるか?詰まるところ、あなたはどんな風に毎日を生きていますか?という問いが、この映画のテーマな気がします。
自宅で手にしたマッチ箱のデザインの美しさを噛み締めるパターソン。その文字の並びからパッケージの”叫び”まで聞き取ってしまう。そして、その感じた情感を美しい旋律の文章に書きとめて行く。言葉を綴っていく内に妻への愛情を再確認する。
こうした、ボーっとしていると見逃がしてしまいそうな、ほんの小さな心の揺らぎを、ジャームッシュ監督が美しい映像に焼き付けて行きます。
是非こういう機微を胸一杯に吸い込んで頂くと良いと思います。
日常の”気付き”を演出するためでしょうか、やたらと双子が登場するのが面白いです
全く嫌味が無いアダム・ドライバー
主人公のパターソンを演じるアダム・ドライバー。何せこのような物静かな映画なので、映画の非常に多くの場面で、無言のアダム・ドライバーが画面に映し出されることになります。
ところが、このアダム・ドライーバの様子が全く嫌味が無いのです!鑑賞するこちらとしても平穏な気持ちで彼の一挙手一投足を眺めていられます。スター・ウォーズのカイロ・レンと同一人物とは思えません!
新しい一日、一日を静かに楽しむパターソン。これは紛うことなきアダム・ドライバーの映画です!「あの俳優ちょっと苦手」と思っていた方も、大分印象が変わるんじゃないでしょうか?良い意味で期待を裏切られると思うので、楽しみにしていてください。
筆者は、Ep. 7、8、9での恨み(?)が消えて、すっかりファンになってしまいました
形ある物はいつかは壊れる
「毎日が新しい一日」を楽しむためのライフハックとして、あることが提示されているような気がします。
それは、形ある物はいつかは壊れる、という事実と、その更地の状態から何を積み上げるか?という問いです。
実は劇中で、パターソンが大切にしている物が残念ながら壊れてしまうという出来事が度々描かれます。
これは、どんなに大切に扱っていても、形ある物はいつかは壊れる。しかし大切なのは、それが壊れてしまった時に、本質を見失わず次の一歩をどう踏み出すかが人生では大事なんじゃない?という問いのための例示なんだと思います。
魂は物質的な物に宿っているんだっけ?そうではないでしょ?と。その物に込めた想いや、その物を大切にしてきた気持ちこそが大事なんであって、ひいては、そういう心の持ちようこそが「毎日が新しい一日」と感じるために不可欠なマインドセットだと提案してくれているような気がします。
まとめ
いかがでしたか?
この隠れた秀作を、食わず嫌いすることなく楽しんで頂きたくて、ネタバレに気を付けながら魅力を可能な範囲で述べたつもりです。皆さんもこの作品を好きになってくださると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | 腰を落ち着けて観れば気に入って貰えるはず |
個人的推し | 4.0 | すごく好きです。おススメです。 |
企画 | 3.5 | もの凄く勇気の要る企画だと思う! |
監督 | 4.5 | テンポが速すぎず遅すぎずダレることなく… |
脚本 | 3.5 | ストーリーはなんてことない |
演技 | 4.0 | アダム・ドライバー演技の振り幅が凄い! |
効果 | 3.5 | 秋のパターソンが美しく切り取られてる |
このような☆の評価にさせて貰いました。
ストーリーそのものは、単独では何てことないシンプルなモノなんだけど、そこにどんなテーマを込めるのか、それを映像にどう具体化していくかのセンスが素晴らし過ぎます。ジム・ジャームッシュとアダム・ドライバーのコンビは最強です。もっと違う作品でも観てみたいです。
永瀬正敏の登場を楽しみにしてください!すっごい素敵です!