この記事でご紹介する「バービー」は2023年に公開されたロマンティック・コメディ映画。世界的に大ヒットした着せ替え人形”バービー”の世界観を実写化した映画であり、その”バービーワールド”と人間の実社会を交錯させたファンタジー作品であり、その正体は性別の社会的役割や消費文化を痛烈に皮肉った深遠な映画。
第96回アカデミー賞では作品賞を含む合計7部門に都合8つのノミネートをされた。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
見た目の派手さに惑わされて食わず嫌いをせず、是非この記事を一読いただき、この映画の面白さ、奥深さを中立な眼で眺めてみませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から27分00秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、バービーの世界について理解ができ、ケンたち男性陣との関係性もつかめ、どういう経緯(いきさつ)で物語が転がり始めるのかが見えます。
この先も観るかの判断をする最短のタイミングとしてご提案します。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「バービー」(原題:Barbie) は、2023年に公開されたロマンティック・コメディ映画。1959年の発売以来、世界中の女の子を虜にして来た着せ替え人形の”バービー”。そのバービーが暮らすピンクを基調とした世界”バービーワールド”を実写映画化した作品。
この情報だけを聞くと、ド派手で無反省なおとぎ話で終始するような錯覚に陥るが、本作品はその対極に位置する。
この映画では、女性の女性による女性のためのユートピア、”バービーワールド”を視覚的鮮やかに実写化する一方で、現代のロサンゼルスを題材に現実の男性優位社会もシニカルに描写する。そして、この2つの世界を交錯させることで、マッチョな男性村社会の痛さを皮肉るのと同時に、バービーワールドが標榜する幻想は、現実社会のフェミニズムを退行させるだけだと断罪する。
そして物語は、性別の社会的な役割を越えた先にある、真の自分らしさとは何かを問いかけて行く。
主要スタッフ
監督と脚本(共同)は、女優出身のグレタ・ガーウィグ。ガーウィグは、監督と脚本を務めて長編監督デビューを果たした「レディ・バード」(2017年) がいきなりアカデミー監督賞・脚本賞にノミネートされた異才。本作「バービー」(2023年) では、監督を単独で、脚本はプライベートでもパートナーであったノア・バームバックと共同で務めている。
ノア・バームバックは、夫婦の離婚過程の葛藤を描いた2019年の「マリッジ・ストーリー」で監督と脚本を務めたことでも有名だ。
パートナー関係にある(あった)男女による脚本共同執筆作業が、同性目線で女性・男性社会を描写しただけでなく、異性目線で男性・女性社会を掘り下げるに至ったであろうことは、ある意味自明だと思う。
男の常識は女の非常識、逆もまた然りというやつだ。こうした異性間の意見交換が、現代社会における性別にまつわる無意識の既成概念を炙り出し、それを鮮明にストーリーテリングに反映させたことは容易に想像が付く。
主要キャスト
主演のバービーを演じるのは、マーゴット・ロビー。なお正確に言うと、本作のバービーワールドには、大統領、医者、作家、ノーベル賞科学者、弁護士等々のバリキャリのバービーが多数登場し、それぞれ別の女優が演じている。
マーゴット・ロビーが演じるのは、細身で長身でブロンドヘアの典型的なバービー(Typical Barbie)である。劇中では、最もバービーらしいバービー(Barbie Barbie)とも呼ばれる。
このアイコニックな、文字通り”お人形さんみたいな”キャラクターをマーゴット・ロビーが、高い演技力を発揮して嬉々として演じている。なお、マーゴット・ロビーは、製作(プロデューサー)にも名を連ねている。
相手役のケンを演じるのはライアン・ゴズリング。ケンも劇中で何種類も出て来るが、ブロンドヘアで、もっともナルチシズムを感じさせ、最も軽薄に見えるケンを演じているのがライアン・ゴズリングである。
こちらも高い演技力で、この象徴的で痛いキャラクターを演じ切っている。
芸術的評価
第96回アカデミー賞では、作品賞、助演男優賞、助演女優賞、脚色賞、衣裳デザイン賞、美術賞、歌曲賞 x2と、合計7部門に8つのノミネートをされた。
これに伴い2024年3月10日(日本時間3月11日)のアカデミー賞の発表を見据えて、2024年2月2日から一部の国内の劇場で再上映された。上映館についてはこちらのリンクを参照のこと。
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、88%と非常に高い支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”『バービー』は、反逆的なストーリーテリングによって補完された高次のユーモアを持つ、視覚的に鮮やかなコメディ” と、評されている。
要は、意訳も加えると、見た目のド派手さとは裏腹に、皮肉を効かせた高尚な社会風刺コメディと認知されているのではないか。
商業的成功
この作品の上映時間は114分。極めて標準的な長さで、体感的にも長いとは感じない。そして、製作費1億4千5百万ドルに対して、世界興行収入は14億4千万ドルと報じられている。実に9.93倍のリターンである。
この映画は2023年公開の映画の中で第1位の世界興行収入を記録し、そして9.93倍という高い利益ももたらしたことになる。
炎上理由 – バーベンハイマー事件
本作品は、2023年のサマーシーズン(7月21日)に全米公開された。同日にはクリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」も公開された。どちらも公開直後から市場の話題をさらったということで、インターネット上では、この2つの映画の名前をくっつけて「バーベンハイマー(Barbenheimer)」という造語が生まれた。
ここから(主に)アメリカ社会で悪ノリが始まる。バービーの画像に原爆やキノコ雲の画像を合成したミームが盛んにSNSに投稿され始めたのだ。日本では「バービー」も「オッペンハイマー」も公開前であったので、それぞれ”おバカ映画”と”原爆賞賛映画”との誤解があり、これらをくっ付けるとは不謹慎だという声が上がり始める。
そうした「バーベンハイマー」ミームの投稿に対して、あろうことかアメリカの「Barbie 公式Twitterアカウント」が安直に好意的なコメントを返してしまう。これは上記の、日本人の国民感情を逆撫でするムーブメントを、公式が追認したような恰好になってしまい、一気に炎上する事態に発展する。
日本国内の配給を担当するワーナー・ブラザーズ・ジャパンは直ちに抗議をしたが、「バービー」は、広島・長崎に原爆が投下された両日や終戦記念日を直後に控え、そして日本公開日(2023年8月11日)を控えて、封切り前から味噌を付ける格好になってしまった。
あらすじ(27分00秒の時点まで)
”バービーワールド”。そこは、過去これまで発売されてきた様々なバービーが暮らす、バービーの理想郷。人種や体型も多彩なバービーたちが、清掃員から大統領まで世界のあらゆる職業を担っている。そして、街や建物、そして身にまとう服までもが、ピンクを基調としたパステル・カラーに彩られている。
そんな女性のための女性による女性の世界の中でも、バービー(マーゴット・ロビー)は、細身で長身、髪はブロンドのロングヘア。ひと際美貌を誇る典型的なバービー(Typical Barbie)であった。
彼女は、朝はハート形のベッドでご機嫌に目覚め、オシャレなバスルームでシャワーを浴び、爽やかに朝食を摂ると、ピンクのオープンカーに乗って出勤する。そして夕方からは毎夕のダンスパーティー、そして夜は毎晩ガールズ・ナイト。弾けるように輝く毎日を送っている。
そんなバービーには、言い寄って来る男も大勢いる。ケンとケンとケンとケン・・・だ。
そんな中でもケン(ライアン・ゴズリング)が特に熱心に言い寄って来る。
でも、バービー(マーゴット・ロビー)は、そんなケンに対しても、いつまでも曖昧な態度であいまいな距離感の友達の関係を保っている。
そんなある日、バービー(マーゴット・ロビー)は、常にハイヒールを履く形状になっているはずの足首が曲がってしまい、かかとが地面に付いてしまう。こんなのバービーじゃない!!そして、バービーハウスのシャワーのお湯も出ず、朝のトーストが焦げてしまう。こんなのバービーワールドじゃない!!
そして心情的にも、ふと悲しい気持ちになったり、ふと死を意識したりする。こうした心配事はバービーワールドではあってはならないご法度であり、そんなバービー(マーゴット・ロビー)を見た周囲のバービーたちはドン引きする。
しかし、一晩眠ってもそのモヤモヤした気持ちが消えないバービー(マーゴット・ロビー)は、町はずれに住むヘンテコ・バービーを訪れ相談に乗って貰うことにする。ヘンテコ・バービーは、持ち主の女の子に飽きられ、髪を無造作に切られ、いい加減な化粧をされ、足を180度開脚されたまま捨てられた、言うなれば消費し尽くされたバービーである。
ヘンテコ・バービー曰く、現実世界に住むバービー(マーゴット・ロビー)の持ち主が何か問題に直面しており、その持ち主の陰鬱な気持ちがバービーにも伝播しているのだと言う。なので、現実世界にまで出掛けて行き、持ち主の問題を解決できればこの心の陰りは消え、元の快活な自分に戻れるのではないか?とのこと。
バービーとして完璧な自分を取り戻したい彼女は、意を決して現実世界へと旅立つことにした。ところが、勝手にケン(ライアン・ゴズリング)が付いてきてしまったので、仕方がなく2人で、幾重の道のりを旅して現実の人間が住むロサンゼルスへと向かう。
果たして、バービー(マーゴット・ロビー)は、持ち主を見つけ出して会うことができるのだろうか?そして、その持ち主の問題を無事解決することができるのだろうか?そして、その暁にはバービー(マーゴット・ロビー)は元の生き生きとした自分を取り戻すことができるのだろうか・・・?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを3つの観点に絞って述べてみたいと思います。この映画に食わず嫌いをして頂きたくないので、こんなところに目を配っていただくと、この作品を存分に楽しめるのではないか?というご提案です。
どれもネタバレはしていませんので、安心してお読みください。
ビジュアルの強烈さ
この映画で最初に目に付くのは、やっぱりバービーワールドのクオリティの高さ、ビジュアルの強烈さじゃないでしょうか?
オモチャの世界を完璧に再現した世界が目の前に広がります。衣装、建物、装飾品、庭、そして小物に至るまで・・・。
ここに一切の妥協が無いお陰で、私たちは『バービーワールドのリアリティ(←自分でもちょっと何言ってるのか分からなくなって来ていますが・・・笑)』に納得感を持つことが出来、作品の世界に没入することができます。
オモチャが映画に寄せたのか、映画がオモチャに寄せたのか?余裕があったら、こちらのオモチャとも見比べてみてください。
皆さんの目にはどんな風に映るでしょうか?
主役2人の完璧な役作り
主役の2人、マーゴット・ロビーとライアン・ゴズリングの完璧な役作りも見逃せません。
本当にお人形さんのようなマーゴット・ロビー。
オマケのケンを軽々と演じるライアン・ゴズリング。
周到な役作り、各シーンに対する理解力、そしてそれを実践する演技力。一切の照れや迷いを排して、このアイコニックなキャラクターを演じ切ってくれるお陰で、最高のコメディに仕上がってます。
そして、これは作中での彼らのスタートラインを明確にしてくれるので、そこに引き続く自分探しのジャーニーが際立って行きます・・・
皆さんはどんな風に楽しまれるでしょうか?
実は深遠なテーマ
そして、この映画で是非ご着目頂きたいのは、その深遠なテーマなんですよね。
パッと見は、バービーの世界をシャレで実写化したマスコット的映画、あるいは、一面的な考えで女性をエンパワーしようとする、偏ったフェミニズム映画に見えるかも知れません。
でも、ジックリとこの作品を観て行くと、そんな浅薄な内容ではないことが徐々に分かってきます。
同性から見た女性社会、男性社会。異性から見た男性社会、女性社会。これらを等しく平等に描写して行くことで、内部が同質化した社会が、外部から見るといかに異質な社会になり果てるかというパラドックスを、皮肉とユーモアを交えて描いて行きます。
そして、男性らしさ、女性らしさという古典的社会通念の意義を投げかけることで、この映画を観ている全ての”わたし”に、自分らしくあることってなんだろうと考え直すチャンスを与えてくれるような気がします。
皆さんはどんな風にお感じになるでしょうか?
まとめ
いかがでしたか?
この映画のありのままの姿を、なるべく正確にお伝えしたつもりでいます。この映画を観るか否かを正しく判断されるお手伝いが出来ていると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | 是非食わず嫌いせず! |
個人的推し | 4.0 | 一級のコメディ作品 |
企画 | 3.5 | 誰が企画したんだろう? |
監督 | 3.5 | テンポが良くて飽きない |
脚本 | 4.0 | 男女のあるあるが面白い |
演技 | 4.0 | 素晴らしい団体芸 |
効果 | 4.5 | 完成された世界観 |
このような☆の評価にさせて貰いました。
深遠なテーマを描くために、あらゆる才能が結集した作品という感じがします。是非、騙されたと思ってご覧になってみてください!
ちょっと頭をよぎったのは、男女の意識の差を1980年代風に面白おかしく描いたのが「恋人たちの予感」(1989年) で、2020年代風に面白おかしく描いたのが「バービー」(2023年) なのかななんて、そんな比較論も考えたりしました。