この記事でご紹介する「ダラス・バイヤーズクラブ」は2013年公開のドラマ映画。1980年代にHIVに感染した実在の人物、ロン・ウッドルーフの7年間に及ぶ戦いを描いた実話に基づく物語である。エイズ患者や同性愛者に対する偏見と、治療薬の認可に関する問題に深く切り込んだ作品。
HIV感染者を演じた主演のマシュー・マコノヒーと助演のジャレッド・レトが、それぞれアカデミー主演・助演男優賞を受賞した魂のこもった演技を見せる。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
監督のジャン=マルク・ヴァレが、メッセージの焦点を絞り、僅か500万ドルで完成させた衝撃作。まだこの作品を観てない方、これまで何となく敬遠してた方、この記事で予備情報を仕入れてからご覧になっても遅くはないのでは?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から28分30秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、この映画の雰囲気がつかめると思います。そして、主人公がどんなキャラクターで、どんな生活を送って来て、病気に感染したことを知るところまでの流れが見えます。
この映画が好きか嫌いかを正しく判断する最短のタイミングとしてご提案します。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ダラス・バイヤーズクラブ」(原題:Dallas Buyers Club) は、2013年公開のドラマ映画。マシュー・マコノヒーが演じる実在の人物ロン・ウッドルーフの、7年間に渡るHIV/エイズとの闘病、そして関連する社会や政府との闘いを描いた実話に基づく物語。
より具体的には、HIVで余命宣告を受けたロデオ・カウボーイが、保守的なカウボーイ・コミュニティにおけるエイズ患者に対する偏見や、患者仲間である同性愛者に対する世間からの偏見、そして、遅々として進まない当局の新薬に対する認可プロセス等々に抗っていくストーリー。
題名の意味
この映画には元になった新聞記事がある。それは1992年に「ダラス・モーニングニュース」というダラスのローカル紙に書かれた記事で、ロン・ウッドルーフの活動を取材し取り上げた物である。映画はこの記事を参考に脚本が執筆された。
映画にも、実在したAZT(アジドチミジン)やペプチドTといったエイズ治療薬がそのまま登場する。当時(1980年代中盤~1990年代)は、HIVに関する研究が全くの発展途上であり、FDA(アメリカ食品医薬品局)による有効な治療薬に対する承認は追い付けていない状態であった。
そこでウッドルーフは、合法/非合法な手を使って入手した治療薬を、自身以外のエイズ患者にも、月額サブスク方式で販売・流通させるネットワークを構築する。この会員制販売網、通称 ”ダラス・バイヤーズクラブ”が、映画のタイトルにもなっている。
芸術的評価
この作品は、第86回アカデミー賞において、主演男優賞(マシュー・マコノヒー)、助演男優賞(ジャレッド・レト)、メイク・ヘアスタイリング賞(アドルシア・リー、ロビン・マシューズ)の三部門に輝いている。
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、92%とこの上なく高い支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”『ダラス・バイヤーズクラブ』は、マシュー・マコノヒーのやせた両肩の上に乗っかって休んでいる。そして彼は、キャリア最高と思しき演技と共に、その重荷を優雅に担いでいる” と、評されている。
要は、この映画はマシュー・マコノヒーの演技力におんぶにだっこな構造になっているが、マコノヒーはその重圧を見事にはねのけるパフォーマンスを見せたということなんだろう。
商業的成果
この映画の上映時間は117分と極めて標準的な長さである。特筆すべきは、わずか25日間という短い撮影期間のお陰もあり、製作費が僅か5百万ドルしか掛かっていないこと。世界興行収入は、5千5百万ドルと決して大ヒットとは言えないが、リターンとしては11倍と算出される。
これでアカデミー賞3部門。才能を集結させ、明確なコンセプトの下で映画を撮れば、製作費とは関係なく名作を創り出せるということだろうか。
キャスト(登場人物)
この映画のキャストはそれほど多くなく、ストーリー上の人の入れ替わりも少ない。人物を把握するのに苦労はしないと思う。
役名 | 俳優 | 役柄 |
ロン・ウッドルーフ | マシュー・マコノヒー | 主人公。電気技師でロデオ・カウボーイ |
タッカー | スティーヴ・ザーン | ロンの友達。ダラス市警の警官 |
T.J. | ケヴィン・ランキン | ロンの友達 |
ラリー | ローレンス・ターナー | ロンの工事現場の同僚 |
セヴァード | デニス・オヘア | ロンを診察する医師 |
イブ・サックス | ジェニファー・ガーナー | ロンを診察する医師。セヴァードの助手 |
レイヨン | ジャレッド・レト | HIVに感染したトランスジェンダーの女性 |
レイヨンの父 | ジェームズ・デュモン | レイヨンの父 |
”サニー”・サンフラワー | ブラッドフォード・コックス | レイヨンの恋人、エイズ患者 |
デイヴィッド・ウェイン | ダラス・ロバーツ | ロンの弁護士 |
リチャード・バークレー | マイケル・オニール | FDAの職員 |
ヴァス | グリフィン・ダン | メキシコの医師 |
フランシーヌ・サスキンド | ジェーン・マクニール | |
ネディ・ジェイ | アダム・ダン | バーの主人 |
あらすじ (28分30秒の時点まで)
1985年。アメリカ国内でエイズの蔓延が報道される中、名俳優ロック・ハドソンが、同性愛者であることをカミングアウトし、それから間もなくこの病気で亡くなったことが追い打ちとなり、エイズはゲイの病気だという偏見がますます定着していく。
ダラスで電気技師として働くロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)は35歳。彼は、地元でロデオ・カウボーイとしても活動しており、仲間と飲む・打つ・買うを繰り返す無軌道な生活を送っていた。
しかし、最近では体重が激減して痩せ細り、咳が止まらない。
ある日ウッドルーフは、電気技師としての仕事中に感電事故に遭って気絶し、気が付くと病院のベッドに横たわっていた。そして、病室に現れたセヴァード医師とサックス医師(ジェニファー・ガーナー)に、血液検査の結果、彼はHIVに感染していることを告げられる。通常500から1,500あるはずのT細胞数値も9しかなく、生きているのが不思議なほどの状態で、余命は30日程度だと言うのだ。
ウッドルーフは、この突然の告知に当然取り乱す。しかも、エイズはホモの病気だと信じ込んでいたし、注射器を使ったドラッグの回し打ちもしないので、感染経路が全く思い当たらない。これではホモだと侮辱されたも同じだと憤るウッドルーフは、2人の医師に暴言を吐いて病院を後にする。
医師の診断は誤診だと疑わないウッドルーフは、悪友のT.J.(ケヴィン・ランキン)と相も変わらず娼婦を呼んでパーティーをする。ところが、その晩は裸の女性を目の前にしても、男性機能が不能であり、いよいよ体調の悪さを自覚する。そんな不安からか、これだけ無類の女好きの自分が、エイズな訳はないよな?と、T.J.に病院での誤診の話を漏らしてしまう。
翌日ウッドルーフは、図書館に行って色々と資料を調べる。すると、男性のHIV感染経路は、同性間の性交、静脈注射の回し打ちに次いで、避妊をしない異性間性交が挙げられることを知る。過去に注射針の跡がある女性と無防備な性交を行った覚えのあるウッドルーフは、ここでようやく感染経路に思いが至る。
血相を変えて先日の病院をアポなしで訪問するウッドルーフ。受付で医師との面談を要求する。運よくその場に居合わせたサックス医師(ジェニファー・ガーナー)を捕まえると、図書館で名前を調べた新薬、AZTを処方するように要求する。何なら裏金を払って買い取っても良いと迫る。
ところがAZTは、元々は癌の治療薬と開発されたもので、FDA(アメリカ食品医薬品局)はまだ認可をしていない。その上、エイズ治療に効果があるかが疑わしいばかりか、赤血球・白血球が減少する副作用も報告されており、これから1年程かけてプラシーボ試験も含めた臨床試験を行う段階であった。
ロデオ仲間も仕事仲間も、T.J.が口外したことにより、態度を一変させ、ウッドルーフをホモ野郎と罵倒し、かつ歩く病原菌のように接して遠ざかって行く。彼らと完全に袂を分かつウッドルーフ。
自身のこれまでの行いを少しずつ悔い改めつつも、酒とドラッグに溺れるウッドルーフは、その晩もバーで酒を飲んでいると、店内に病院の清掃員の姿を見つける。ウッドルーフは早速この男を金で買収し、その日以来定期的にAZTを一瓶ずつ横流しさせることに成功する。
正攻法での治療法が見つからない現状で、裏から手を回してでも治療薬を手に入れようとするウッドルーフ。果たして彼は、効果のある薬に巡り合うことが出来るのだろうか?彼の余命は30日より長くなるのだろうか?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを4つの観点で書いてみたいと思います。おせっかいと思いつつも、この4つは見逃がせません!という本作の魅力になります。
ネタバレは一切していないので、その点は安心してお読みください。
マシュー・マコノヒーの演技
言うまでもなく、マシュー・マコノヒーの演技が圧巻です。
映画冒頭に目を奪われるのは、役作りのために体重を83kg から 62kg に落としたとされる体型です。
浮き上がったアゴのライン、筋ばった首、小さく薄くなった肩や胸板。更に、痩せて服のサイズが合わなくなったことを演出するためでしょう、ブカブカな服を身にまとっています。”病的に痩せた男”とハッキリ伝わる役作りがなされています。
ここで、筆者がおススメしたいのは、ストーリーの時系列に沿って、このキャラクター像がどう変化していくのかをキッチリと見届けることです。
映画の序盤では、ガリガリで瀕死の男が、やたらと周囲に噛み付きます。医師に悪態をつき、同性愛者を罵倒し…
物語が進むに従って、マシュー・マコノヒーの役作り、演技はどんな変遷を見せてくれるでしょうか?アカデミー主演男優賞の演技は、皆さんの目にはどう映るでしょうか?
レイヨンの存在
上述の「あらすじ」の範囲にはまだ登場しませんが、ジャレッド・レトが演じたトランスジェンダー女性であり、エイズ患者であるレイヨンの存在にも当然注目です。
このレイヨンは、実は映画化に際して創造された架空のキャラクターです。
何故このような存在が必要だったのか?
それは、このような象徴的な人物像が、主人公ロン・ウッドルーフの隣に居ることで、彼ら彼女らの現在地、成長、信念、そして人間の弱さが浮き彫りになるからだと思います。
レトは役作りのために、66kgから52㎏に減量したとのこと。また、25日間の撮影期間の間、カメラが回っていない時間も、役を自分の中に入れたまま、レトとしてではなく”レイヨン”として過ごしたと言います。
アカデミー助演男優賞の演技、そして、主人公とのケミストリーを皆さんはどんな風にご覧になるでしょうか?
フォーカスされた3つの主題
実在のロン・ウッドルーフという人物は、劇中でマシュー・マコノヒーが演じたキャラクターより、エイズ患者に対する偏見をなくす啓蒙活動にもっと積極的だったと聞きます。
では映画は何を狙ったのでしょうか?
本作が描きたかったテーマは、
- (特に当時根強かった)エイズ = ホモの病気という誤解・偏見
- 同性愛者に対する差別や偏見
- FDAを中心とした、薬事行政の立ち遅れと官僚主義的制度
という、極めて社会性の高い3つの投げかけではないでしょうか?
これらを映画化するに当たって、主人公が抗いながら戦う姿を描いた方が、ストーリーテリングとして効果があると考えのだと思うのですが、皆さんはどんな風にご覧になるでしょうか?
全編ハンドヘルド・カメラによる撮影
この作品は、監督のジャン=マルク・ヴァレの判断で、全編ハンドヘルド・カメラで撮影されたそうです。
固定カメラを使わない方が、撮影期間を短縮できるという狙いもあったのかも知れませんが、手持ちカメラが醸し出す独特の手ブレにより、私たちは登場人物と同じ空間を共有している臨場感をより強く味わうことができ、ひいてはこの映画のドキュメンタリーのようなリアリティを際立たせているように思います。
このような才能に溢れた監督が早逝してしまったことは、返す返す残念です・・・
まとめ
いかがでしたか?
決して大作ではないですが、正真正銘の名作。考えさせられるし、何とも言えない感情を揺さぶられるし。この作品のそんな魅力を一端でもお伝えし、この映画を観てみたいと思って頂けると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | 実話が持つ説得力が真っすぐ飛んでくる |
個人的推し | 4.0 | 映画がより一層好きになりました |
企画 | 3.5 | 映画化して当然だよね |
監督 | 4.5 | この予算でこの品質! |
脚本 | 3.5 | 的を3つに絞ったことで簡潔に |
演技 | 4.5 | 主演の2人が圧巻 |
効果 | 4.0 | トーンを押さえた映像が地味に芸術 |
このような☆の評価にさせて貰いました。
何と言っても元ネタは実話という説得力は何物にも代えがたいです。それをお金を掛けずに映画化する。そのために的を絞って短い撮影期間で撮り切る。やっぱり映画は予算の多寡ではないですね。