この記事でご紹介する「フォロウィング」は、1999年公開のクライム・ミステリー・スリラー。作家志望の若い男が、人間観察の一環で始めた尾行(フォロウィング)に、次第にのめり込んでいってしまう様を描く。鬼才クリスファー・ノーランの長編デビュー作であり、ノーランが製作(共同)、脚本、監督、撮影、編集(共同)の5役をこなしている。
全編にわたる白黒映像と、編集で細かく入れ替えられた時系列がミステリー性をこれでもかと高めていく。デビュー作にしてノーランの作風は完全に完成している傑作。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(序盤に限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
2024年4月現在、本作品を視聴できる配信サービスは一切見当たらないため、2024年4月に行われたHDレストア版リバイバル上映で鑑賞した映画ファンも多いはず。まだ観ていない方は、来るべく次なるチャンスに備えて、本記事で予習しておくことを強くオススメします。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「フォロウィング」(原題:Following) は、1999年公開のクライム・ミステリー・スリラー映画。作家志望の若い男が、人間描写の足しになればと始めた他人の尾行行為(=フォロウィング)に、次第にのめり込んで行ってしまう様を描く。
クリストファー・ノーランの長編デビュー作でありながらも、編集で物語の時系列を細かく入れ替える独自のスタイルは既に確立している。また、フィルム・ノワールの影響を強く受けたとされる、全編にわたる白黒映像が、犯罪ミステリーのスリルを強く掻き立てる作風となっている。
クリストファー・ノーラン本人が、製作(主演のジェレミー・セオボルド、妻のエマ・トーマスと共同)、脚本、監督、撮影、編集(ガレス・ヒールと共同)と5役をこなしている。よく言えば意欲作、悪く言えば自主制作の延長のような状況が垣間見える。
ただし、ノーランが設立したシンコピー社(Syncopy社)が制作に入っていたり、キャリアを通して公私にわたるパートナーとなる妻のエマ・トーマスが製作に名を連ねていたり、あるいは、本作含めて「プレステージ」(2006年) までの4作品でタッグを組むデヴィッド・ジュリアンが音楽を担当するなど、本作品以降の制作体制の礎も確認できる。
評価
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、84%と高い支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”凄く簡潔だが効果的な『フォロウィング』は、その緻密な映画作りとハードエッジなノワール的作風に、クリストファー・ノーラン監督の急成長している才能が良く表れている” と、評されている。
要は、新進気鋭のノーラン監督が、上映時間70分の映画で才能を見せつけたという評価なんだと思う。
商業的成果
本作品の上映時間は69分と、長編映画の中ではかなりコンパクトにまとまっている。制作費は6,000ドルと破格の低予算で撮影されており、世界興行収入は12万6千ドルを売り上げた。これは21倍のリターンに相当する。
自主制作の延長のような制作体制であったにも関わらず、見事にスマッシュヒットを飛ばしたと言える成果だと思う。
キャスト(出演者)
この作品の出演者は実質下記の4名を把握していれば十二分にストーリーに付いて行ける。
それよりも初見で戸惑う要注意箇所は、ジェレミー・セオボルド扮するビルが、作中異なる雰囲気の2つの容姿で登場することである。ノーラン作品特有の時系列入れ替えと相まって、容姿の異なる2人の別人が登場するような錯覚を覚えるかも知れないが、これは同一人物である。
長髪気味で無精ひげを生やしているのが過去の姿で、髪を切り揃え身なりを整えたのが未来の姿である。編集によりこれらが頻繁に前後入れ替わって登場するが、両者は同一人物の過去と未来の姿なのでお間違えの無いように!
役名 | 俳優 | 役柄 |
ビル | ジェレミー・セオボルド | 主人公。作家志望の若い男。他人を尾行する趣味にのめり込んで行く |
コッブ | アレックス・ハウ | ビルの尾行対象の一人。身なりの良いコッブに、ビルが必要以上に興味を抱いてしまう。 |
金髪の女性 | ルーシー・ラッセル | ビルの尾行対象の一人。若く美しく、どこか儚げなこの女性に、ビルは必要以上に興味を抱いてしまう。 |
薄毛の中年男 | ディック・ブラッドセル | レストラン・バーの経営者で、街の有力者。金髪の女性と何らかの関係がある。 |
あらすじ(冒頭のみ)
作家志望の若い男ビル(ジェレミー・セオボルド)は、小説のアイデア探しと人間観察の鍛錬を兼ねて、見ず知らずの他人を尾行すること(=フォロウィング)を趣味としていた。
街で目に付いた見ず知らずの他人の後を気付かれないようにそっと付いて行き、その人物が自宅や職場まで行き着くとターゲットを替えるという行為を繰り返していた。対象人物の個人情報を特定せず、同じ人物は二度と尾行しないという独自のルールによって、この趣味は誰にとっても実害は無いように思われた。
しかしビル(ジェレミー・セオボルド)は、ある日、同世代の若い男(アレックス・ハウ)に必要以上に興味を抱き執拗に付け回してしまう。スーツを着込んだ身なりの良いこの男は、服装に似つかわしくない大きなスポーツバッグを抱え街角のカフェへと入っていく。
ビルもそっとそのカフェに入店し、男から離れたテーブル席に着くと、気付かれないように男を観察する。
ところが、男は自分の席をおもむろに離れると、ビルのテーブルにツカツカっとやってきてそこに座り、「何故、俺を付け回すのだ?」とビルに問いかけ始めた。
果たしてビルはどうなってしまうのだろうか?この男は、何故これほどまでに冷静にビルに問いかけるのであろうか?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを3つの観点に絞って書いてみたいと思います。独特な構成と雰囲気を持つ本作品なので、言葉で見どころを説明すること自体が野暮なような気もしますが、この作品をより味わい深く鑑賞していただくお手伝いをすべく、3つのポイントを書いてみます。
もちろんネタバレなしで書いていきますので、その点はご安心ください。
緊張感が凝縮
この映画の上映時間は約70分(公称69分)と、長編映画の範疇の中では極めて短いです。では、かと言って物足りなさを感じるかと言うと全くそんなことは無く、むしろ鑑賞後は正直お腹一杯と感じるんじゃないでしょうか?
というのも、まずは何といっても本作品は、全編白黒映像であるという大きな特徴があります。
現在のクリストファー・ノーランは、全編IMAX撮影を敢行するような ”映像美へのこだわり” も強く発揮する監督さんですが、少なくとも本作「フォロウィング」では、そのモノクロの映像においては、画像の解像度や美しさよりも、人を捕らえて離さない犯罪の香りを、そのモノトーン画面一杯に充満させることに重きが置かれているように思います。
このシンプルだけど陰鬱なスリルが、私たちを常に緊張状態に置きます。
そして本作品の構成においては、多くの2時間もの映画で見受けられる導入のプロローグは無く、いきなり物語の本題に入り、そのまま連綿とストーリーは続いていきます。
なので、69分間を観終わった時に「えっ?これだけ?」というような印象は全く受けないと思います。それぐらい緊張感が凝縮された作品なので、楽しみしていてください!
時系列切り刻み&前後入れ替えが早くも炸裂!
本記事でも既に何回か触れたように、本作品でもクリストファー・ノーラン作品のお約束と言っても良い、時系列切り刻みが炸裂します。ハッキリ言って試験運用されているという手探り感は無く、その品質は完成されています。
換言すると、ノーラン作品は、デビュー作である本作「フォロウィング」から既に、時系列入れ替えメソッドがそのシナリオにおいて発動していたことがご確認いただけます。
本作品では、上述の「キャスト(出演者)」の節でも触れたように、主人公ビル(ジェレミー・セオボルド)の風貌に変化を持たせることで、作中の過去と未来を鑑賞者に判別させようとしています(長髪+無精ひげが過去で、身綺麗でスーツ姿なのが未来)。
こうして、現在進行形の今の状況と、そこに至る過去の経緯とを巧みに入れ替えながら、目の前の出来事に至るまでにどんな顛末があったのか?そして、どんな結末を迎えようとしているのか?をスリリングに描いていく手法は、観る者を夢中にさせる魔法!皆さんも存分に楽しまれるんではないでしょうか?
厭世的なテースト
この作品には、他のノーラン作品ではあまり見られない、独特な厭世的なテーストが感じられます。しかもそれを、会話劇によって描写するという大胆な試みがなされています。
こうして、単に画面を白黒にして犯罪物を描いていくステレオタイプ的なフィルム・ノワールの世界から、更に一歩踏み込んで、都会人の他人に対する無関心さや、都会で暮らす孤独感をシニカルに描写していきます。
こうした厭世的なテーストを丁寧に形作っていくからこそ、他人に必要以上の関心を抱き、その人物を尾行するという行動に出る主人公が、都会の特異点として際立ち、私たち観る者を虜にします。
都会、そこで暮らす人々、主人公たち、そして犯罪。この物語がどんな結末を迎えるのか是非ご注目ください(放っておいても、一旦観始めたら夢中になってご覧になると思いますが・・・)。
まとめ
いかがでしたか?
個性的な本作品の良さを少しでもお伝えでき、ネタバレなしの予習情報になれていると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | 秀逸な作品とはまさにこのこと! |
個人的推し | 4.5 | 70分でこんな体験が出来るなんて最高! |
企画 | 4.0 | 尾行というモチーフがまず興味深い |
監督 | 3.5 | 初見でももう少し分かり易くして欲しいかも |
脚本 | 4.5 | 天才! |
演技 | 3.5 | 過不足なく会話劇が進んでいく! |
効果 | 3.5 | 独特の世界観がたまらない |
このような☆の評価にさせて貰いました。
ノーラン作品の難解さについては好みが分かれるところかも知れません。せめて本作品はもう少し分かり易く撮ってくれても、本作品の素晴らしさは毀損しないように思うのだけど、どうなんだろう?
とは言え、尾行(フォロウィング)というモチーフから犯罪を描き、都会的なテーストを会話劇で演出して見せ、観る者を飽きさせず虜にしたまま70分を駆け抜けるこの映画は、秀逸な作品という表現以外思いつきません。強く強くオススメする作品です!