この記事でご紹介する「グリーンブック」は2018年公開の実話に基づくヒューマンドラマ。1962年のアメリカが舞台。高名なジャマイカ系アメリカ人ピアニストと、その運転手を務めたイタリア系アメリカ人が、人種差別の激しいアメリカ南部を、コンサートツアーのために自動車で旅した姿を描いている。
その運転手を務めた実在の人物の息子である、ニック・ヴァレロンガの他、ブライアン・ヘインズ・カリー、そして監督も務めたピーター・ファレリーが、綿密な取材に基づいて書き上げたオリジナル脚本を映画化した作品である。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
本作は、センシティブな題材を描いているため、人種問題の扱い方については賛否両論も巻き起こしたが、興行的には大ヒットを記録し、アカデミー賞では作品賞、脚本賞、助演男優賞の三部門を獲得した。
この映画をまだ観ていない方、何となく敬遠している方、この記事でこの作品の世界にちょっとだけ足を踏み入れてみませんか?もちろん、既にご覧になった方も、ようこそおいで下さいました。
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から26分00秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、丁寧に描かれる主人公トニーのキャラクターと、その家族の生活状況が飲み込めると思います。そして、どういう経緯でドクターとの演奏旅行に出かけることになるのかの背景を、その心理状況まで含めてつかめると思います。
この先を観たいか観たくないか、判断するのに十分かつ最短の時間として、このタイミングをご提案します。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「グリーンブック」(原題:Green Book) は、2018年公開の実話に基づくヒューマンドラマ映画。1962年のアメリカを舞台にしている。高名なジャマイカ系アメリカ人ピアニスト、ドン・”ドクター”・シャーリーが、アメリカ最南部(Deep South)を、実際にコンサートツアーのために自動車で旅した様子を映画化した作品。
人種差別の激しい当時のアメリカ最南部を回るに当たって、運転手兼ボディガードとして急遽雇ったイタリア系アメリカ人、トニー・ヴァレロンガ(通称:リップ)と、互いの偏見を乗り越え、徐々に心を通わせていく様が、ユーモアも交えながら情感豊かに描かれている。
プリ・プロダクション(脚本化)
この映画の製作者には、6名がクレジットされているが、その内、トニー の息子ニック・ヴァレロンガ、監督も務めたピーター・ファレリー、そしてブライアン・ヘインズ・カリーの3名が、ドクターやトニーへの取材、劇中にも登場するツアー中に”リップ”が妻に宛てた手紙を基にオリジナル脚本を執筆している。
実話との違い (ネタバレを含みます)
本作品の、実話との違いについて触れておく。若干のネタバレ情報を含むので、必要に応じて本節はスキップしていただきたい。
トニー・”リップ”・ヴァレロンガの人物像
劇中では、当初トニーは黒人に対して非常に悪意と偏見を持っている人物として設定され、ドクターとの交流を通じて態度を改めて行く流れになっているが、トニーは最初から(それほど)黒人に対して偏見を持っていなかったと言われている。
トニーの心の成長が、映画では強調される格好になっている。
ドン・”ドクター”・シャーリーの人物像
劇中では、ドクターは人との表面上の礼節は重んじるものの、内面的には決して社交的な人物ではなく、兄とも没交渉、そして他の黒人たちの動向とも一線を画している人物として描かれている。しかし、実際はもっと社交的で、本人を含めた四兄弟は連絡を保っており、黒人の自由民権運動にも参加していたとのこと。
映画では、ドクターの人物像を複雑で繊細なものとして描くことで、主人公二人の心の交流がよりドラスティックに描かれている。
演奏旅行の終わり
演奏旅行は2か月ではなく1年半に及んだと言われ、その最後もクリスマスではなかったとされている。
2人の関係
2人の関係は早い段階から強固なものになったと言われている。そして、その友情は映画でも指摘されているように、終生続いたとされる。
ただし、劇中でも”兄”として言及されるモーリス・シャーリーは、ドクターとトニーの関係は、真の友人関係ではなく、あくまでも雇用関係であったと主張している。
評価
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、77%と高い支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”「グリーンブック」は、賛否両論が予想される題材に向けて、観客を非常にスムースに誘導している。そして、マハーシャラ・アリとヴィゴ・モーテンセンの演技がこれに深みを加えている” と、評されている。
アカデミー賞では、作品賞、脚本賞、助演男優賞の三部門の受賞を果たしている。
商業的成果
この映画の上映時間は130分と、標準より若干だけ長め。視聴に当たっては、旅の情感が丁寧に描かれているという印象を受けると思う。そして、製作費2千3百万ドルに対して、世界興行収入は3億1千9百万ドルを売り上げた。実に13.9倍のリターンである。
アメリカ国内での興行成績が8千5百万ドルと報じられているので、比較的低予算で制作されたこの映画が、いかに世界中で大ヒットしたかが分かる数字だと思う。
あらすじ (26分00秒の時点まで)
舞台は1962年のアメリカ。時代は1960年代に入って、リベラルなジョン・F・ケネディが大統領に就任したとは言え、依然として多くの州でジム・クロウ法が施行されており、黒人を含む有色人種は、学校、病院、バス、電車、レストラン等の公共施設の利用に関して、人種差別的な制限を受けている時代であった。
ニューヨークの有名な高級ナイトクラブ ”コパカバーナ” で、剛腕の用心棒として働くトニー・”リップ”・ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)は、イタリア系アメリカ人。親族の結束は強く家族思いの男であるが、保守的で独善的、有色人種に対しても強い偏見を持っている。
そんなトニーであったが、勤務先のクラブが2か月間の改装工事に入ることになったため、稼ぎ口を失ってしまう。妻と子供2人を抱えるトニーはその間も稼ぐ必要がある。そこで人づてに紹介されたのが、ドクターである。
トニーが指定された住所に向かうと、そこはカーネギー・ホールであった。ホールの上階にあるドクターの自宅に上がると、そこでは身なりの良い他の候補者たちが何人も廊下で面接の順番を待っていた。アシスタントに指示された通り書類に必要事項を記入しながら自身の番を待つトニー。
いよいよ部屋に通されると、面接に現れたのは身なりの良い黒人で、ドクターとは呼ばれる人物は、”ドクター”・シャーリー(マハーシャラ・アリ)という名のピアニストであった。ドクターは、これから8週間に渡ってアメリカ中西部と最南部(Deep South)を車で回るコンサート・ツアーを計画しており、その運転手、スケジュール管理、付き人を、週給100ドル+必要経費の条件で探しているという。
付き人仕事に抵抗を感じたトニーは、ドライバー専業で週給125ドルという条件を吹っ掛けた上で、黒人がDeep Southを回るなんて正気の沙汰ではないと忠告をする。
ドクターは、トニーの用心棒としての剛腕の評判を、複数の関係者から聞かされており、Deep Southの事情を認識した上でトニーが適任なのではと思っていた。しかし、妻子持ちを8週間も家庭から引きはがすことと、トニーの態度に抵抗を覚え交渉は決裂する。
本当は金策に困っているトニー。このままでは町の顔役が回してくるヤクザ仕事に手を染めるしかなくなる。妻のドロレス(リンダ・カーデリーニ)も、ドクターからのオファー内容を聞いた上で、夫と2か月も離れることには耐えられないという態度。
そんな夫婦のところへ、翌朝ドクターから電話が掛かって来る。ドクターは、電話越しとは言えドロレスと直接会話をし、トニーが出した条件を飲んだ上で、2か月間夫を借りる許可をドロレスに願い出る。将を射んとする者はまず馬を射よといった作戦だ。
こうしてトニーは、ドクターの運転手兼ボディーガードとして中西部・最南部へと演奏旅行に出かける契約を結ぶ。出発の朝、レコード会社の人間から渡されたのは、前金と新車のキャデラック(車種:1962年式 Cadillac Sedan DeVille)と”グリーンブック”という一冊の本。この本は、ジム・クロウ法の下でも黒人が宿泊できる施設を案内した旅のガイドブックである。
コテコテのイタリア人のトニーと、知的で天才肌のドクターが、呉越同舟の演奏旅行へと出発する。果たして、2人の旅はどうなるのだろうか…?2人は8週間後、無事にニューヨークへと戻れるのだろうか…?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを3つの観点で書いてみたいと思います。こういうところに着目されると、よりこの作品を味わい深く鑑賞できそうですよという、筆者からのご提案だとお考え下さい。
どれもネタバレなしで書いていきますので、安心してお読みいただけます。
主演2人の演技
主人公の2人、ヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリの演技がとにかく素晴らしいです!この映画の最大の見どころは、間違いなくココだと思います。
マハーシャラ・アリについては、本作「グリーンブック」(2019年) で、「ムーンライト」(2017年) に引き続いて2度目のアカデミー助演男優賞を獲得し、十二分に注目を集めている俳優さんなので、この記事では敢えてヴィゴ・モーテンセンに触れたいと思います。
本作でのヴィゴ・モーテンセンの何が凄いかって言うと、どっからどう見てもイタリア系アメリカ人にしか見えない役作りです。ここにご注目です!
ヴィゴは、デンマーク人を父に持つ、ニューヨーク出身のアメリカ人。幼少期の環境により、イタリア語を含む7か国語に堪能だと言われるが、人種的にはイタリア系ではない。それが劇中では、言語、しぐさ、生活スタイル、どこを取り上げても、コテコテのイタリア系アメリカ人に仕上がっているから不思議です。凄い!
彼が演技を通して体現する、”何にでも100%全力投球する” というイタリア人気質が、後述するこの映画のトーン決定に重要な役割を果たして行きます。
ロード・ムービーなのか?
この映画はロード・ムービーなのだろうか?
ロード・ムービーであるという声は聞かれないし、筆者の答えもNoなのだが、この物語は、2か月に渡る自動車による演奏旅行を通して、水と油のトニーとドクターの関係性がどう変化して行くかという話である。よって、ロード・ムービーとしての要件を十分満たしていると思うのだが、そのような声は聞かれない。
何故か?
その答えは、ネタバレになっちゃいそうですし、この作品をご覧になった皆さんお一人お一人が判断されれば良いことなので、筆者からは何も申し上げません。
ただ一つ言えるのは、ヴィゴ・モーテンセンが演じるトニー・”リップ”・ヴァレロンガというキャラクターが、とにかく明るくユーモラスなんですよね。映画の主題は深刻なのに、暗くなり過ぎないんです。
その辺りのトーン設定が、この映画にロード・ムービーという安易な烙印を押すことを、もしかしたら遠ざけてるのかも知れません。皆さんの目にはどう映るでしょうか?
非情に細かなストーリーテリング
この映画は実話に基づいています。よって、その事実だけで十分にパワーがあります。しかし、そこに胡坐(あぐら)をかくことなく、大小様々なメッセージを着実に観客へと伝えるために、細かなストーリーテリングを積み上げていきます。全然説明的じゃないんですよ。
例えば映画の冒頭で、ヴァレロンガ家に黒人の水道工事屋が2名修理に来ます。トニーの妻ドロレスは、作業終了後に2人にレモネードを振舞いますが、トニーは彼らが帰った後、流しに置かれていた彼らが使ったグラスをそのままゴミ箱に捨ててしまいます。
こうした、言葉や台詞で説明をするのではなく、細かいんだけれども象徴的な描写を、幾つも幾つも準備して、当時の時代の空気感を可視化することに成功しています。私たちは着実に1960年代初頭へと連れて行かれることになります。
制作に携わった主要な3人、ピーター・ファレリー、ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・ヘインズ・カリーによる、執念にも似た緻密な計算が実を結んだんだと思います。映画って凄いなぁと思いました。皆さんの心には何が残るでしょうか?
まとめ
いかがでしたか?
優れた脚本、優れた演出、そして優れた演技について、その素晴らしさがそのままに伝わるように、なるべくまっすぐにこの記事を書いたつもりです。皆さんの予習情報になれていると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | 掛け値なしの優れた作品 |
個人的推し | 4.0 | トニーを観ているのが楽しい |
企画 | 4.5 | 極上の実話題材!! |
監督 | 4.0 | これぞストーリーテリング |
脚本 | 4.0 | 計算され尽くした脚本 |
演技 | 4.5 | 1+ 1 が 2 以上! |
効果 | 3.5 | 1960年代の完璧な再現 |
このような☆の評価にさせて貰いました。
アカデミー脚本賞、作品賞、助演男優賞。獲得したの納得です。実話を映画化は、こうでなくっちゃって思いました。単に嬉しい、楽しい、悲しい、腹立たしい、そういう東西南北がハッキリした感情ではなく、屈辱と共に覚える孤独とか、絶望の中でも火を消させない矜持とか、そういう細かな感情の機微を見事に描き切っていると思います。
これが2千3百万ドルの製作費で130分に収まってるって、やっぱり映画って凄い!