この記事でご紹介する「ナイト・オン・ザ・プラネット」は、1990年代のとある晩を舞台に、世界の5か所で同時に起きた出来事から構成されるオムニバス映画。具体的には、同日、同時刻の冬の夜に、世界の5つの都市(ロサンゼルス / ニューヨーク / パリ / ローマ / ヘルシンキ)の、タクシー運転手とその乗客との間で交わされる個性的なやりとりが、順に描かれて行きます。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
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この映画を彩る5つの短編は、互いにストーリー上の関連性はなく、その結果多様な人間模様が散りばめられています。その一方で、5本全てに通底するのは、タクシー車内という限定空間における、運転手と乗客の30分程度の交流を描いている点。ただし驚きなのは、その制限の中で”生きることの喜び” を鋭くえぐり出してしまう濃度の高い演出です。
お好みでなければ1本目(27分程度)で視聴を止めれば良いだけなので、是非サブスク・サービスを活用してちょっと覗いてみるのはいかがでしょうか?おススメです。
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から15分00秒 もしくは 26分50秒 のタイミングをご提案します。
最初の 15分00秒までご覧になれば、この映画のテーストが十分つかめると思いますし、全てのタクシー業務がそうであるように、偶然の巡り合わせによってタクシー運転手と乗客が出会う経緯が描かれ、そしてそこから対話が始まるキッカケが見えてきます。この作品を好きか嫌いかを判断するのに十分な情報量だと思います。
また、26分50秒で1本目の短編が終わりますので、仮にここまでご覧になってから好きじゃないと結論付けたとしても、それほど時間の無駄にならないと思います。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ナイト・オン・ザ・プラネット」(原題:Night on Earth) は、1992年に公開された、5つの短編物語から構成されるオムニバス映画。1990年代の冬のとある日の、同日の夜、同時刻に、5つの都市(ロサンゼルス / ニューヨーク / パリ / ローマ / ヘルシンキ)で繰り広げられるタクシー運転手とその乗客との30分程度のやりとりが描かれている。
5つの都市の様子がまだら模様に描かれる群像劇ではなく、5本の短編が直列に編集される構成を取っている。そして、5本合わせても129分の上映時間であることからも分かるように、それぞれが非常にコンパクトにまとめられた濃密なストーリーとなっている。
製作、脚本、監督は全てジム・ジャームッシュが担っており、ジャームッシュ・ワールド全開の作品と言える。1991年制作の映画なので、1953年1月生まれのジム・ジャームッシュが38歳の時に撮った映画ということになる。
30代の人間が、ここまで細やかな人物描写をして見せたんだ・・・
人生何周目?驚きです!
5つの短編作品には、互いにストーリー上の関連性は無く、5つの都市それぞれに暮らす運転手と乗客とのやりとりを通して、多様な人種、国籍、性別、言語によって、多様な想いがこのオムニバス映画を彩っていく。
一方で、回想シーン無し、妄想シーン無し、各短編内では時系列の入れ替えも無しという、極めて線形的な編集がなされている。タクシーという密室空間で交わされる、運転手と乗客とのやりとりが、ひたすら時系列に沿って描かれて行く点は、全編を通した共通フォーマットとなっている。
そして、その中で一般的には社会的マイノリティとされる登場人物たちが、人生を生きること、毎日を楽しむことをさりげなく演じ切り、これが私たち視聴者が無意識の内に持つ固定概念への強烈な風刺になっていることに気付かされる。
クリープハイプとの関係性
日本の4人組ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観(ボーカル、ギター担当)が、この映画に触発されて、邦題と同名タイトルの「ナイトオンザプラネット」という楽曲をリリースしている。実際に歌詞では、ジム・ジャームッシュ監督や、1本目のロサンゼルスの主演であるウィノナ・ライダーがフィーチャーされていて、映画を観た上で聴いてみると非常に味わい深い。
あらすじ (15分00秒の時点まで)
映画のキャスティング・ディレクターを務める中年女性ヴィクトリア(ジーナ・ローランズ)は、ロサンゼルス空港で、乗り合わせ運航のプライベート・ジェットから降り立つ。彼女は多忙で、荷物を受け取る間にもひっきりなしで携帯電話で通話をしている程だ。
特に今、彼女を悩ませているのは、プロデューサーから要求されている ”映画出演歴の無い新人女優10人を集めろ” という注文と、ろくに連絡を寄こさないボーイフレンドの存在だ。
コーキー(ウィノナ・ライダー)は、まだ顔にはあどけなさも残るような若く小柄な女性だが、運転やエンジン整備に精通したプロのタクシー・ドライバーであり、ひっきりなしにタバコを吸っているような男勝りな存在でもある。
コーキーは、ロック・ミュージシャンを空港まで送り届けた都合で、通常は寄り付かないようなプライベート・ジェット専用の空港出口へと自身のタクシーを乗り付けたところ、空港からハリウッドにある自宅に戻りたいヴィクトリアを乗せることとなる。
表面上の態度とは裏腹に、タクシー運転手としてプロの仕事をこなすコーキー(ウィノナ・ライダー)。車中でもひっきりなしに携帯電話で通話をするヴィクトリア(ジーナ・ローランズ)。
ヴィクトリアが後部座席で、連絡の付かないボーイフレンドについて浮かない表情を浮かべた際に、その様子をバックミラー越しに伺っていたコーキーが、とびっきりな笑顔を見せながら「男って手が焼けるわね」と達観した意見を述べたことから、二人の対話は深まっていく…
果たして、この後この二人の間では、どんなやりとりがなされるのであろうか?
見どころ (ネタバレなし)
この作品の見どころを、4つの観点で述べてみたいと思います。ネタバレなしで書いて行きます。この映画をより味わい深く鑑賞する予習情報になれると嬉しいです。
ミニマリズム
この映画では、テーマを描くために必要最小限の要素しか盛り込まれていません。言うなれば、ミニマリズムです。
まず、繰り返しになりますが、本作品は5本の短編映画がオムニバス形式で並びます。その1本目のロサンゼルスは、映画全体の導入部分の役割も担っていて、本作のフォーマットを最初に観客に紹介する都合から、状況を説明するようなカットが若干多めに挿入されます。
例えば、街を流すタクシーの俯瞰のカットであったり、そのタクシーに乗ることになる乗客がどういう経緯でタクシー乗り場に辿り着いたのかとか。
しかし、2本目のニューヨーク以降は、その必要も無くなるので、乗客がタクシーに乗り込むまでの経緯は最小限の描写で描かれます。これが一切の淀みを排除し、舞台のお膳立てが極めて直線的になって行きます。皆さんもこれはきっと新鮮に感じられるんじゃないかと思います、お楽しみください。
そして、登場人物たちが一旦タクシー車内という限定的な空間に入った後は、他のロケーションにシーンが飛んだり、回想シーンで時系列が飛んだりすることは一切なく、タクシー車内と、せいぜいそのタクシー周辺の半径20メートルぐらいの世界だけが映し出されて行きます。
そして描かれて行くのは、運転手と乗客との対話だけです。
描きたいコトを描くために、必要最小限のモノしか映さないというジャームッシュ監督のミニマリズムへのこだわりを感じます。これをちょっと気に掛けて観てみてください。
多様な登場人物
5本の短編を通してタクシー運転手と乗客の話が描かれるとなると、単純計算で10人の登場人物が想定できるわけです。実際はもう少し多いのですが、登場する彼ら、彼女らは、実に個性的な人物たちです。
性別、人種、出身地、国籍、言語、身体的特徴、そして、性格。この多様性が実に愉快です。そして、この人物たちが見せてくれる言動が、次の節で述べる風刺へと繋がって行きます。
社会的弱者からのカウンターメッセージ
登場人物たちの大半は、マイノリティです。女性労働者だったり、ドイツからアメリカ、アフリカからフランスへと渡った移民労働者だったり、黒人だったり、はたまた重度の身体障害者だったり。
劇中で他の人物が、そんな彼らを眺める時、そこには一定の先入観が伴っていることが丁寧に描かれて行きます。それは一言に要約すると、”マイノリティはこんな思いを抱えて生きているに違いない”という無意識のバイアスな訳です。ところが、この映画ではそれらが一つ一つ、物の見事にひっくり返されて行きます。
そして、このある種の”裏切り”は全て、生きることの喜びであったり、自立した人間として身を立てることへの確固たる信念であったり、はたまた真の悲しみであったりします。すなわち、テーブルに伏せられたカードを1枚1枚めくって行くと、そこに書かれていた文字は人生の真理ばかり、みたいな驚きに包まれます。
そして、劇中の登場人物の間で繰り広げられる、この核心を付くサプライズは、本当はこの作品を観ている私たち視聴者に向けたしっぺ返しのような気がしてなりません。「あなたたちだって、本当はこんな風に思い込んでたんでしょ?」というこのある種の風刺が、ジム・ジャームッシュ監督の真骨頂です。
このチクっと来る感覚が、皆さんにとっても堪らない快感に変わっていくことを願っています。
印象的なBGM
全体をトム・ウェイツの独特の音楽が包み込んで行きます。こちらも非常に個性的なのですが、5つの作品を通した一貫したムードを作り出して行きます。個々の短編が独立した輝きを放ちながらも、全体としての統一感を保つのに役立っています。耳を傾けてみてください。
まとめ
いかがでしたか?
ネタバレを一切せずに、この独特なオムニバス映画の魅力を可能な限り言語化したつもりです。皆さんがこの映画をより味わい深く楽しむ一助になっていると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | 飽きたらその時点で切り上げれば良し! |
個人的推し | 3.5 | 5本中3本が特におススメ |
企画 | 4.5 | とってもとっても素敵な企画 |
監督 | 4.5 | わき目も触れず主題がクリアに! |
脚本 | 3.5 | 5本に好き嫌いが分かれるかも |
演技 | 4.0 | 総論皆素晴らしい演技を披露します! |
効果 | 4.0 | リアリティが凄い |
このような☆の評価にさせて貰いました。
製作費に関する情報は残念ながら見つけられなかったのですが、おそらく低予算で制作されたことは想像に難くないです。映画の優劣って、本当に予算とは無関係なんだなって、改めて思い知らされる作品です。
密室で、登場人物間のやりとりだけで、かくも生きることの真理を描き出してしまうなんて!ジム・ジャームッシュという映画人は何という鬼才なんでしょう!!
サクッと鑑賞出来てしまう映画なので、1本目のロサンゼルスだけでも、一生に一度は観ておくべき映画だと思います。
ウィノナ・ライダーが本当に可愛い!