この記事でご紹介する「哀れなるものたち」は、2023年公開のSFラブコメディ映画。変人外科医によって生き返らせられた若い女性が、その庇護の元から離れ、広い世界を見聞きする内に、精神的に成長して行く物語。
主演の女性をエマ・ストーンが体当たりで演じている。監督はヨルゴス・ランティモス、脚本はトニー・マクナマラ。この3人は「女王陛下のお気に入り」(2018年) でもコラボレーションをしており、本作「哀れなるものたち」では、エマ・ストーンはプロデューサー(製作)デビューも果たしている。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(序盤に限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
第96回アカデミー賞で11部門にノミネートされ4部門に輝いた本作品。日本でも2024年1月26日から劇場公開されました(もちろん筆者も劇場で鑑賞済み)。
エマ・ストーンが特殊なキャラクターを、文字通り体当たりで演じるこの傑作。本編をご覧になる前に、必要最低限の情報をこの記事で予習して行くことをオススメします(理由は後述)。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「哀れなるものたち」(原題: Poor Things) は、2023年公開のSFラブコメディ映画。自殺をした妊婦が、マッド・サイエンティストとも言える外科医に拾われて、自身の胎児の脳を移植され、肉体と精神が不均衡な状態で人生を(再)スタートさせる物語。彼女は精神的に急成長を遂げる内に、より広い世界を知ることを渇望し、誘惑をキッカケに外科医の庇護を離れ、冒険の旅に出る。
主人公となる、”見た目は大人、頭脳は幼女”という女性ベラをエマ・ストーンが熱演。この女性を手術する風変わりな外科医をウィレム・デフォー、ベラと出会う不埒な弁護士をマーク・ラファロが演じている。
監督は、ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス。脚本は、オーストラリア出身のトニー・マクナマラ。
ランティモス、マクナマラ、エマ・ストーンの3人は、2018年公開の「女王陛下のお気に入り」でも一緒に仕事をした仲であり、エマ・ストーンは本作「哀れなるものたち」ではプロデューサー(製作)デビューも飾っている。
本作のエマ・ストーンは、オファーされたからプロとしてこの役柄を演じた(=こなした)という雰囲気は全く無く、初めから腹を括ってこの女性キャラクターを“創造する”つもりでこの映画に臨んだとしか思えない。気心の知れたこの3人が、撮影前の企画段階から入念に本作と深く向き合ったことが良く分かる意欲作。
ただし、エロ、グロのシーンが全編に渡ってかなり出てくる。これは、エロをエロく、グロをグロく描写する意図ではなく、あくまでもコメディやファンタジーの一環だと解釈しているが、決してファミリー向けの作品ではないので、そこは適切な判断をした上で鑑賞することをお勧めする。
原作本
この映画は、スコットランドの小説家、アラスター・グレイが1992年に出版した同名小説を原作としている。
その両者のタイトル ”Poor Things(哀れなるものたち)” には、多層的な意味が込められているのではないか。
”見た目は大人、頭脳は幼女”という、名探偵コナンとは逆バージョンの主人公は、医学の力技で生み出された不均衡な存在(=肉体と精神・頭脳がアンバランス)である。当然、自己のアイデンティティを確立する過程で、それ相応の葛藤が生じることになる。
物語は、こうした特異な環境を準備することで、学ぶ(=知る、触れる、やってみる、目の当たりにする、身を置く)ことの喜び、残酷さ、そして尊さを描き、それが無い生き方に皮肉を込めて『哀れなるものたち』と断罪しているように見える。
芸術的評価
この映画は、第96回アカデミー賞で11部門にノミネートされている。これは「オッペンハイマー」の13部門に次ぐ多さだ。
その11部門の内訳(受賞4部門は太字)は、
- 作品賞 / 監督賞
- 主演女優賞 / 助演男優賞
- 脚色賞 / 撮影賞 / 編集賞
- 作曲賞 / 美術賞 / 衣装デザイン賞 / メイクアップ&ヘアスタイリング賞
となる。全くタイプの異なる「オッペンハイマー」とのマッチアップの様相を呈したが、最終的に4部門を受賞した。
ベネチア国際映画祭では、最高賞に当たる金獅子賞を受賞している。
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、94%とこの上なく高い支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”荒唐無稽で他を凌駕するほど過激な「哀れなるものたち」は、監督のヨルゴス・ランティモスと主演のエマ・ストーンにとって奇妙で素晴らしい、力強い旅(tour de force)である” と、評されている。
商業的成果
この映画の上映時間は141分とやや長めの作品となっている。体感的に確かに長い。そして、製作費35百万ドルに対して、日本公開前の段階で、北米で21.1百万ドル、世界で34.5百万ドル売り上げていると言われており、ここからどれだけ黒字を伸ばして行くかがポイントとなる。
キャスト(登場人物)
この映画では、それなりに登場人物は出てくるが、人の出入りは少なく、かつ、その人の名前を暗記する必要もないので、ストーリーの流れに身を任せて鑑賞すれば十分だと思う。
役名 | 俳優 | 役柄 |
ベラ・バクスター | エマ・ストーン | 手術で生き返る女性 |
ダンカン・ウェダバーン | マーク・ラファロ | ベラが出会う弁護士 |
ゴドウィン・バクスター | ウィレム・デフォー | ベラを生き返らせる外科医 |
マックス・マッキャンドレス | ラミー・ユセフ | 医学生、バクスターの助手 |
ハリー・アストレー | ジェロッド・カーマイケル | |
アルフィー・ブレシントン | クリストファー・アボット | |
フェリシティ | マーガレット・クアリー | バクスターの別の被験体の女性 |
スワイニー | キャサリン・ハンター | |
トワネット | スージー・ベンバ | |
Priest | Wayne Brett |
あらすじ (映画冒頭のみ)
19世紀のロンドン風の街。医学生のマックス(ラミー・ユセフ)は、医学部の講義では金持ち学生に邪険に扱われるが、一風変わった外科医ゴドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー、通称ゴッド)には目を掛けてもらい、彼の屋敷で、被験体の日常を詳細に記録する助手として雇われる。
その被験体とは、ゴドウィンの屋敷に暮らす、若く美しいが奇妙な言動の女性ベラ。マックスは初対面からベラの美しさに目を奪われるが、ベラの動きはぎこちなく、言葉遣いも音声を発するだけ。まるで赤子のようだ。
ゴドウィンは、ベラに父親としての愛情を注ぎ、本を読み聞かせたり、好きに遺体の検体をさせたりと、彼女が好奇心や知性を伸ばす姿に目を細めている。
マックスは、驚くべき速さで日々成長を遂げて行くベラの様子を、つぶさに書き留め、ますますベラに惹かれていく。ただし、この親子には奇妙な点が1つあった。ベラが勝手に外出すること、人目に付くことを、ゴドウィンは極度に嫌がり、これを力尽くでも阻止するのだ。
不審に思ったマックスがゴドウィンに詰め寄ると、ゴドウィンはベラ誕生の秘密を打ち明けてくれる。
ベラは、元はロンドン橋から身投げをして亡くなった妊婦で、ゴドウィンはその遺体を即座に買い取り、まだ生きていた胎児の脳を、新鮮な妊婦の遺体に移植することで、女性を生き返らせたというのだ。その結果、見た目は大人、頭脳は赤子という人物が出来上がったと。
つまりベラは、生き返った妊婦でもあり、生き残ったその娘でもあると言うのだ。
ゴドウィンは、マックスのベラへの想いを知った上で、マックスとベラが結婚することを提案する。マックスは、ゴドウィンのベラへの愛が、父親としてのものであることを確認した上でこの提案を快諾する。そしてベラも、優しく紳士的なマックスに懐いており、これを素直に受け入れた。
ところが、この頃のベラは、その頭脳、その精神がますます急成長を遂げており、外の世界と、性愛を知ることを衝動的に求めていた。
ゴドウィンは、マックスとベラの結婚契約内容をまとめるために、弁護士ダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)を屋敷に招き入れたが、この弁護士がいい加減で不埒な男で、囚人契約のような対象者ベラに興味を持ち、これが若く美しく女性と知るや、これを誘惑してしまう。
ベラは、求めていた性愛と冒険を得られるとダンカンの誘いに飛びつき、父ゴドウィンと婚約者マックスに正々堂々と断りを入れた上で、ダンカンと駆け落ちをしてしまう。
果たして、2人の旅に待ち受ける物は何か?ベラはどのような成長を遂げていくのだろうか?ベラは、そこで何を見、何を知り、そして、何を学ぶのだろうか・・・?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを3つの観点で書いてみたいと思います。ほんの少ぉーしだけ、筆者はこんなことを考えたよということを共有させて頂き、皆さんもこんなところに注目してご覧になると、より味わい深くこの作品を鑑賞できるのでは?というご提案のつもりです。
全てネタバレなしで書いていきますので、安心してお読みください。
エマ・ストーンの演技
この映画は、エマ・ストーンのカリスマ的な凛とした美しさなしでは成立し得ないと思います。とにかく、彼女の演技、魅力、そして存在感を中心にストーリーが展開されて行きます。その圧倒的な説得力にぜひご注目ください。
物語はエロく、グロく、時に残酷です。でも、この作品はそれらを描写することが目的ではなく、あくまでも人生や世界を彩るモノやコト(Things)の象徴的なメタファーであり、私たちはエマ・ストーンの目線にどっぷりと自分の身を重ねて(おもねて)、その魂の成長痛を分かち合いながら、一緒に冒険の旅を楽しめば良いんじゃないかと思います。
ウィレム・デフォーと特殊メイク
ウィレム・デフォーに施された特殊メイクがエグいです。
ただ、ちょっと不思議なのは、このメイクのお陰で、ウィレム・デフォー扮するゴドウィン(通称:ゴッド)に対して、慈しみにも似た愛着が湧いてくるんですよね。だって、ウィレム・デフォーって普段の顔もエグいんですもん(そんな風に感じるのは筆者だけかしら?笑)。
フランケンシュタインは、博士は普通(時に美男子に描かれる)でクリーチャー(創造物)が醜い。「哀れなるものたち」は、外科医が醜くクリーチャーは美しく描かれる。
皆さんはどんな風にお感じになるでしょうか?
ビジュアルの美しさ
画面を構成するものの美しさに目を奪われるかも知れません。
とても絵画的なんです。
でもこちらも、このビジュアルの美しさを見せることが目的ではなくて、あくまでも手段。
その証拠に、白黒のシーケンスを混ぜたり、魚眼レンズを通した映像を挿入したり。訪れる都市によって基調となる色が変わったり。
人は人生において、いつまでも同じ場所には留まり続けられないこと、あるいは成長と共に物事の見え方が変わってきてしまうこと。そんなことを示唆しているのでしょうか。
皆さんの目にはどんな風に映りますか?
まとめ
いかがでしたか?
鑑賞するのにそれ相応の覚悟が必要となる本作。そのさわりを共有することで、皆さんの観るか観ないかの判断の精度が上がると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 3.5 | 好き嫌いがハッキリ分かれると思います |
個人的推し | 4.5 | 個人的には大いにオススメです! |
企画 | 4.5 | 多層的な投げかけが深い・・・ |
監督 | 3.5 | ダレる箇所がやや辛い |
脚本 | 4.5 | 鋭く、深く、皮肉があり、そして温かい |
演技 | 5.0 | エマ・ストーン! |
効果 | 4.5 | 高度な特殊効果が出しゃばらない |
このような☆の評価にさせて貰いました。
強いて言えば若干上映時間が長いかなというのはあります。成長の過程においては踊り場のような日々もあるので、それを暗に描写しているということは頭では判ってはいるんですが。
総合的に言って、傑作です!傑作映画を作りに行って、本当にその通り傑作を作って見せたマスターピースです。是非映画館で!