この記事では、マイケル・チミノ監督の生涯唯一にして最高の芸術作品「ディア・ハンター」の解説をします。戦争は若者たちの心から何を奪ったのか?3時間超えの超大作なのになぜ無駄なシーンが1つも無いのか?名作映画はそのサウンドトラックも不朽の名作である点にも触れたいと思います。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
ジャッジタイム (ネタバレなし)
本作における、そのまま見続けるのか、見るのを止めるのかのジャッジタイムですが、
- 上映開始から1時間10分をご提案します
長くてごめんなさい。
分かってます、こんなに試食の量が多かったら、それはもう十分一食分の量だよ!というツッコミを。でも、この作品はここまで観てからジャッジして欲しいんです!
仮にここで引き返したとしても、1時間50分は無駄にしなかったことになりますので、悪しからずご容赦ください。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
ディア・ハンターは、1978年に公開されたベトナム戦争を題材にした映画。マイケル・チミノが原案、製作、監督を担当している(原案、製作は共同)。183分という長尺な映画にも関わらず公開当時北米で4千9百万ドルの興行成績を上げ(製作費は1千5百万ドルなので3倍強の売上)、アカデミー賞9部門にノミネートされて、作品賞、監督賞、助演男優賞、音響賞、編集賞の5部門を受賞した。すなわち、興行的にも芸術的にも大成功を収めた作品と言える。
なお2023年2月現在、U-Next では本作品の短縮・吹替版(147分)が視聴可能であるが、オススメしない(理由は後述)。あくまでAmazon Prime等で視聴可能な183分版をオススメし、そちらの編集を前提に記述する。
戦争という題材へのアプローチ
(最初からちょっとネタチラしちゃうが) 本作品は、上述のようにベトナム戦争を題材にした戦争映画ではあるが、本編が始まっても当分の間戦争シーンが出てこないという異色の構成になっている。その代わりに映画序盤は、ペンシルバニア州クレアトン(←実在する町)という製鉄所を中心に成り立っている田舎町で、ロシア系アメリカ人の若者である主人公たちが、そのコミュニティの中でどんな生活を送っているのかが丹念に描かれる。ただ一方で、映画の舞台がいざ戦場に移ると、ヴェトコンとの異常な闘いが描かれて行く。
つまりこの映画では、アメリカの田舎町の若者1人1人が謳歌していた平穏な日常と、ベトナム出征者個人に降りかかった過酷な苦難とを、どちらの局面にも時間を割いて描写していくことで、両者のギャップを、そして戦争の狂気を、マスの記録としてではなく、個人の体験として伝えようとしている。そういう趣旨の作品だと分かった上で鑑賞して頂いた方が、戸惑わずに浸ることが出来て良いと思う。マイケル・チミノの丁寧な演出が冴えわたるので。
現場にこだわり抜くマイケル・チミノの、そのキャリアで唯一パズルのピースがピタっとハマった最高傑作をご堪能あれ!
芸術的評価
この映画は、「アメリカ国立フィルム登録簿」(National Film Registry) に登録されている。これは、連邦政府国立フィルム保存委員会(The United States National Film Reservation Board)が毎年25作品を選定するもので、本作品が、アメリカの文化的、歴史的、芸術的に、後世に多大な影響を与えたことが公的機関からも認められた証である。
後世に残したい映画ですよね…
見どころ (ネタバレなし)
丁寧なロケ
敢行された丁寧なロケが作品の出来にも色濃く現れているのでそれを味わって頂きたい。
アメリカの田舎町の舞台となるペンシルバニア州クレアトンのシーンは、クレアトンではないが実在するオハイオ川沿いの7つの町で撮影されたシーンや、クリーブランド郊外の大聖堂で撮影されたシーンが組み合わされているらしい。とにかく生活感が滲み出てくるので、皆さんも驚くと思う。また、劇中に登場するエキストラや、司祭は、全て現地の人を採用したとのこと。ロシア系コミュニティの文化や様式美。儀式を通した結束とか、主人公たちがどういう社会で生まれ育ってきたのか、肌の温もりまで感じながら実感できるようなシーンが連続する。若者ゆえに羽目を外す姿なんかも含めて、まずはこの空気感を胸一杯に吸い込むことが本作品の理解に繋がると思うので、存分に楽しんで頂きたい。
こんなコミュニティで、こんな仲間と育ったら、ホントに楽しいんだろうなという気持ちになりました。
一方でベトナムでの戦争シーンは、戦場のシーンも市街地のシーンもタイで撮影されたとのこと。ヴェトコンを演じるのは現地のタイ人。サイゴン陥落シーンでアメリカ大使館に詰めかけるアメリカ人記者役たちは、偶然バンコクにいた、本当にサイゴン陥落時に大使館に詰めかけた本物の記者たちだったとのことで、どのシーンも熱気が凄いのでお楽しみに!東南アジア独特の気怠い空気感を感じ取って貰えればと思います。
大使館のシーンだけ、ちょっと記録映画っぽくなるような・・・
役者陣の演技
まずは、ロバート・デ・ニーロの演技が凄いです。撮影前、実際にペンシルバニア州ピッツバーグに数か月間偽名で暮らし、役作りをしたとのこと。この時間は、現地の空気感をつかむこと、それを身体に沁み込ませることに使われたんだろうけど、それと同時にキャラクターに特徴的な肉付けをしていく貴重な時間だったんじゃないかと想像する。
というのも、デ・ニーロが扮するマイケルというキャラクターは幾つかの顔を持っているように思うんですよね。つるんでいる友達と分け隔てなくじゃれ合う仲間の顔。酒を飲んで大いに羽目を外したり、身を危険にさらすような賭けに出たりする無鉄砲な顔。一方で、鹿狩りを神聖なる儀式のように捉え、周到にその準備をし、その過程では一切の妥協を許さないハンターの顔。そしてその真摯な気持ちをクリストファー・ウォーケン扮するニックとだけ共感・共有し合う親友の顔。
この映画は、途中の一部のシーケンスを除いて、このマイケル役の目線で描かれて行きます。183分の長尺の作品が、何故途中ダレることがないのか?その秘密は、デ・ニーロの演技が可視化するキャラクターの多面性と、それにより醸し出される緊張感が、視聴者の心を離さないからじゃないかな?皆さんは、どんな風に感じるんだろうか?じっくりとご鑑賞いただきたい。
この戦争映画のタイトルは、なぜ「The Deer Hunter」なんだろうか・・・?
ロバート・デ・ニーロの演技が「凄い」なら、クリストファー・ウォーケンの演技は「エグい」の一言です。本作品でアカデミー助演男優賞を受賞しています。この映画の主人公はあくまでもロバート・デ・ニーロですが、クリストファー・ウォーケン扮するニックが、この作品の象徴のような存在です。彼の姿をデ・ニーロ扮するマイケルの視座で追いかけて行ってください!
当時のクリストファー・ウォーケンが凄い美男子なんですよね。パルプ・フィクションやスプレーで観た彼とは大違い。
メリル・ストリープは、元々は舞台女優で、本作品が映画デビュー2本目だったとのこと(本作撮影開始時にはまだ一本も出演映画が公開されていなかった!)。彼女の出演はロバート・デ・ニーロによる推挙がキッカケだったが、実際はガンで余命宣告を受けていた同棲中の恋人、ジョン・カザール(スティーブン役で出演)と少しでも長く時間を過ごすために本作への出演を受諾したという。そのせいもあったのだろうか、幸が薄い感じの女性を静かに熱演していて、そのキャラクターにとても感情移入をしてしまう。皆さんはどう感じるだろうか?キャリア2本目の映画で、アカデミー助演女優賞にノミネート。
ゴッドファーザー・シリーズにも出演した (Part Ⅲ は回想シーンのみ) ジョン・カザールは、既述の通りガンで余命宣告を受けた上での本作品への出演であった。そして、完成を待たずして亡くなったため、本作が遺作となった。
無駄なシーンが全くない
183分の長尺な映画だけど、ハッキリ言って無駄なシーン、無駄なカットが全くないです(唯一の例外は、壁に掛かった鹿のはく製が映し出されるカットだけ意味が解らなかった・笑)。脚本が良いのか、監督が良いのか、演技が良いのか、編集が良いのか、皆さんはどうお感じになるだろうか?
音楽・BGM・サウンドトラック
本作の音楽を担当したのはスタンリー・マイヤーズ。
まず主題歌がとても良いです。「カバティーナ」というクラシック・ギターで奏でられている名曲なんですが、これはマイヤーズ本人が作曲した物。元はクリント・イーストウッドの映画「サンダーボルト」ために作られたものを、クリント・イーストウッドが却下したので本作に回って来たとのこと!
巨匠クリント・イーストウッドさん、何故こんな良い曲を逃した???
それから、「20世紀にアメリカのテレビやラジオで最もオンエアされた100曲」の5位(600万回以上オンエア)にランキングされた「君の瞳に恋してる」(原題:Can’t Take My Eyes Off You)が実は出てきます。これがとても印象的なので、楽しみにしててください!
サウンドトラックが根強い人気があるようで、中古を含みますが、CD/アナログ盤/カセット がいまだに細々と流通しているようです。名作映画はその名作サウンドトラックも不滅なんだなと、しみじみと感心してしまいました(「君の瞳に恋してる」は収録されていません)。
その他の情報
筆者の本作に対するおススメ度合いは、 4.5/5.0 です。
ハッキリ言って、個人的には文句のつけようのない傑作だと思っています。ただおススメ度合いと言う観点では、どギツいシーンが出てくることを加味して、減点をさせて貰いました。
アカデミー賞、作品賞、監督賞、助演男優賞、音響賞、編集賞を受賞。