この記事では、2002年公開の「戦場のピアニスト」について解説します。本作は、カンヌ映画祭パルムドール、アカデミー監督賞、脚色賞、主演男優賞に輝いた芸術的叙事詩であるのと同時に、実話回想録に基づき、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を徹底したリアリティを持って描いた衝撃作です。酷似した境遇に育った名匠ロマン・ポランスキーだからこそできた偉業。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
正直言って、この映画を鑑賞するには相当な覚悟が求められます。直視するには辛すぎる描写が多いので。だからこそ、事前に作品のあらましを知り、シッカリと心の準備を整えてからご覧になって頂きたい。この記事でそのお手伝いをさせてください。
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から22分10秒のポイントをご提案します。
この辺りまでご覧になると、主人公たちが置かれる境遇が少しずつ見えてきます。覚悟を持って鑑賞し続けるか、あるいは撤退されるか、適切なポイントだと考えます。
概要 (ネタバレなし)
本作品の位置づけ
「戦場のピアニスト」(原題: The Pianist) は、2002年公開の第二次世界大戦を題材にした映画。戦争映画だが、いわゆる”男心をくすぐるドンパチのカッコ良さ”みたいな要素は微塵も無いので、その認識でいて頂きたい。では何が描かれているのか?それは、1939年の第二次世界大戦勃発時にポーランドのワルシャワに住んでいたユダヤ人たちが、その後数年にわたって、ナチス・ドイツからどんな目に遭わされたかの経過だ。
名匠ロマン・ポランスキーが、監督、脚本(ロナルド・ハーウッドと共著)、製作(ロベール・ベンムッサ、アラン・サルドと共同)の三役を担っている。この事実からも分かるように、本作はポランスキー色が強い芸術性の高い作品であるのも事実だ。
ロマン・ポランスキー自身もポーランド人であり、第二次世界大戦時にはポランスキー少年もポーランド国内(ワルシャワではない)に居住しており、ナチス・ドイツによる、ユダヤ人ゲットーへの強制移住、そこからの脱出、そして「ユダヤ人狩り」に怯え各地を転居する生活を体験しており、生き証人の一人としてこの映画を制作している。
原作はノンフィクション回想録
この映画は原作に基づく作品だ。原作は、本作の主人公でもあるウワディスワフ・シュピルマン(Władysław Szpilman)が、戦後自身の体験を振り返り、1946年に出版した回想録「ある都市の死」(Śmierć miasta)である。すなわちこの映画は、実在する人物の回想録をベースにしたノンフィクション映画と捉えて差し支えがない(もちろん、映画化に当たっての脚色はあるが)。
ウワディスワフ・シュピルマンは、1911年12月5日生まれ(2000年7月6日没)なので、第二次世界大戦は本人の27歳から33歳に相当する。彼は、英才教育を受けて、ワルシャワのショパン音楽院やベルリン音楽大学でピアノのレッスンを受けた才能溢れる正統派のピアニストで、開戦時はワルシャワのポーランド放送でピアノの演奏をしていた。
よって、劇中でも著名なピアニストとして描かれている。そんな有名なピアニストが出版した回想録だから、さぞかしポーランド国内でベストセラーになって映画化されたのだろうと思われるかもしれないが、これが一筋縄では行かない。
学生時代の社会の授業を思い出して頂きたい。第二次世界大戦後のポーランドは共産圏である。自由な出版は許されず、この「ある都市の死」もあえなく絶版処分。後年になって、ウワディスワフの息子、アンジェイ・シュピルマンの取り組みもあり、1998年にドイツ語版(”Das wunderbare Überleben” 「奇跡の生存者」)、1999年に英語版(“The Pianist: The extraordinary story of one man’s survival in Warsaw, 1939-1945” 「ザ・ピアニスト」)が出版されて、2002年の映画公開へと繋がって行く訳である。
評価
カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルム・ドールを受賞。アカデミー賞では、監督賞、脚色賞、主演男優賞を受賞。詳細は「見どころ」で後述するが、全て妥当だと思う。
商業的成功
上映時間150分(2時間半)と長編。ただし、体感としてはあまり長さを感じないかも知れない。3千5百万ドルの製作費で、1億2千万ドルの世界興行収入。3.4倍のリターンである。この主題とこの上映時間で、このヒットは驚異的としか言いようがない!
あらすじ (22分10秒の時点まで)
1939年夏、ポーランドのワルシャワに住むユダヤ人ピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)は、ポーランド放送のラジオ番組で生演奏のレギュラー枠を持つほどの著名なピアニストだった。
9月1日も、ピアノの生演奏中であったが、ドイツ軍がポーランドに突然侵攻し、ワルシャワ市内を爆撃する。周囲の建物が次々と空爆される中、ウワディスワフはスタジオからの帰路に、友人の美しい妹ドロタ(エミリア・フォックス)と出会う。
シュピルマン一家は、両親、本人、弟、そして2人の姉妹の6人家族で、父はバイオリニスト、姉は弁護士等、比較的裕福な家庭であった。9月3日にイギリス・フランスがドイツに宣戦布告したのをラジオ放送で聞きつけた時も、一家で安堵するような楽観的な雰囲気に包まれた家庭であった。
しかし、ポーランドは数週間で敢え無くドイツに占領され、ワルシャワの街もナチス親衛隊や秩序警察の監視の目が厳しくなって行く。ユダヤ人は外出時には右腕に”ダビデの星”を書いた腕章を付けることを強制され、公園のベンチに座ることやカフェへの入店を禁じられるようになって行く。そんな中でも、ウワディスワフ(エイドリアン・ブロディ)はドロタ(エミリア・フォックス)との束の間のデートを楽しめる余裕があった。
だが、事態は徐々に暗転して行く。ナチス親衛隊がユダヤ人に何の躊躇いも無く理不尽な暴力を振るうことも常態化して行き、1940年秋には遂に、ユダヤ人数十万人は、ワルシャワ・ゲットーに強制転居させられる。ゲットーの周囲はあっという間に高い壁と有刺鉄線で囲われ、ゲットー外部への移動は完全に禁じられてしまう。
過密なゲットーのユダヤ人たちは、資産をあらかた没収され、外界との経済的交流を断絶されたので、路上で倒れて死んでいる者が居ても、それを助ける余裕も無いぐらい困窮して行く。そして、ナチス親衛隊による、暴力、脅迫はエスカレートする一方である。
質の悪いことに、同じゲットー内部で生活するユダヤ人同士でも、ドイツ兵に賄賂をつかませて闇取引で儲ける者や、ユダヤ人自身でユダヤ人を監視するために組織されたゲットー警察に所属する者は、比較的裕福な生活を維持しており、狡猾な者と実直な者とで生活の明暗が分かれて行く。
そんな中、ユダヤ人ゲットー警察署長のヘラーが、シュピルマン一家に現れ、ウワディスワフ(エイドリアン・ブロディ)と弟のヘンリクをゲットー警察に勧誘する。ヘラーとしては、生活に困窮する一家への救済のつもりでいたが、ヘンリクは露骨にヘラーへの嫌悪を示した上で、この申し出を断る。ウワディスワフも、丁重でありながらもやはり固辞する。
ナチス・ドイツから、着実に迫害の度を強められていく、ゲットーのユダヤ人とシュピルマン一家。この後どんな運命が待ち受けているのだろうか…
見どころ (ネタバレなし)
この映画の描き方の狙い、特徴、見どころをお伝えしたいと思います。予習として雰囲気をつかんで頂き、この作品を鑑賞する覚悟のようなものが出来ると良いかなと思います。
徹底した主人公の主観
この映画は、徹底した主人公の主観で描かれて行きます。何を言っているかというと、徹頭徹尾エイドリアン・ブロディ扮するウワディスワフ・シュピルマンの目線で描写がなされるということです。俯瞰のカメラワークすら出て来ません。高所から地面を映すカットもありますが、それは主人公が建物の上階から地面を眺めていたからであって、演出としての俯瞰ではありません。
他人に降り掛かった災難は、仮にそれが同居する愛する家族の身であっても、ウワディスワフが不在の場で起きた出来事は、その様は一切描かれません。第三者が様子を知らせに来る様や、その当事者の家族と再会後に会話をする様が描かれるのみです。
これがどんな効果を生んでいるかと言うと、劇中で描かれる出来事は、全てウワディスワフ・シュピルマンが自身で体験した出来事のみだということです。この意図に気付くと、この映画のリアリティが一気に増します。回想録を映画化するに当たって、ロマン・ポランスキー監督が、このアプローチにこだわったんだと思います。
ナレーションや説明が無い
上述の”主観目線”とも関連しますが、登場人物のナレーションの類が一切ありません。また、ヨーロッパ全域で進行中の第二次世界大戦の戦況を伝える説明もありません。よって、本作品を鑑賞する我々は、登場人物達の会話と動作のみを手掛かりに、戦争の状況、ユダヤ人に待ち受ける運命を想像し、これを自分で解釈、理解して行く必要があります。
これがどんな効果を生んでいるかと言うと、私たち自身もまるで、情報を著しく制限された1940年代のユダヤ人と同様、戦時下のワルシャワやゲットーに放り込まれた感覚に陥ります。言語化された客観的説明が一切排除され、主観目線の”絵”を見せられ続け、没入感が高まります。
原作は回想録な訳ですから、そこには客観的な説明と、言語化された本人の心情が綴られているはずで、それらを一切消去して、映像と音で置換した監督の才能が恐ろしいです。
上記の ”主観縛り” と ”言語化情報無し” という2つの枷を嵌められた中で、ナチス・ドイツによる理不尽で残虐な暴力、迫害が画面に描かれて行きます。まともな人間なら息苦しさを感じない訳がありません。描写としては、どんどん引き算されて行っているのに、映画は雄弁に出来事を物語って行きます。この演出は、酷似した境遇を体験したロマン・ポランスキーにしかできない、エゲツなさだと思います。
映像が美しい
一方で、画面の色や構図はとても美しいです。多くのシーンが寒色で調整されており、ワルシャワの街並み、石畳。強制労働やドイツ軍の軍服すら、青みがかかり、かつ抑えたトーンの色調で美しく描かれていきます。鑑賞に堪えるための唯一の救いでしょうか。
また、ここ一番というシーンでは、画面が暖色に調整されています。とても鮮やかな描写なのでお見逃しなく!
ピアニストでありピアニストでない
原作が、才能豊かなピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの回想録であり、原作本と映画作品両方のタイトルに ”Pianist/ピアニスト” の文字が刻まれています。そして、そうした著名人の著述であるから出版や映画化に漕ぎ着けた訳ですが、ハッキリ言って、作中ではピアノのシーンはあまり出て来ません。
有名ピアニストであろうと、ユダヤ人である以上無関係、そもそもユダヤ人は人間に値しない、という扱いを散々受けたということなんだと思います。その揺るがない焼印を裏打ちする演出として、こういう構成になっているんだと思います。
原作と映画の差
筆者が調べた限り、原作で著述された回想的な事実と、映画のストーリーには、それほど大きな差はないようでした。その差を事細かにご説明することは、ネタバレに繋がるので控えます。お伝えしたいことは、あくまでも映画の演出の範囲に留まっていると判断できるということです。たっぷりと、この作品のリアリティをご自身の目で確かめて頂くのが良いと思います。
ここまで述べてきた「見どころ」を整理すると、とにかく観る者も当事者として、この映画の舞台に身を投じざるを得ない工夫が施されています。芸術作の側面を持ちながら、主人公と同じ目線で第二次世界大戦を1日でも長く生き抜く必要があります。要は叙事詩なんです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
この作品をこれからご覧になる方に向けて、”覚悟”のようなものを決めて頂く情報をご提供したつもりです。一方で要らないことを書いてネタバレに繋がるようなことは極力避けたつもりです。
一度ご覧になってから再度この記事を読んで頂くと、より一層味わい深くなるかもしれません。いずれにせよ、お役に立てると幸いです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 3.5 | 時間を使ってこんな辛い思いをしなくても良いかも… |
個人的推し | 4.5 | 大人として必須科目なような気がしてなりません |
企画 | N/A | 本来娯楽であるはずの映画にこの題材を選ぶことの是々非々は判りません |
監督 | 5.0 | 天才的な芸術家です… |
脚本 | 4.5 | 150分の上映時間をあまり長く感じないのが凄い! |
演技 | 4.5 | エイドリアン・ブロディの演技が素晴らしいです! |
効果 | 4.0 | 限定されたピアノの演奏シーンが素晴らしいです。 |