この記事でご紹介する「ミッドナイト・イン・パリ」は、2011年に公開されたファンタジー・コメディ。小説家志望の男が婚約者と訪れたパリで、夜中に単独行動をしている内に1920年代に夜な夜なタイムスリップすることに。そこで出会った往年の芸術家たちと交流している内に、男は自分の人生を見つめ直すことになる話。
監督・脚本はウディ・アレン。主人公はオーウェン・ウィルソン。ウディ・アレン作品らしく本作は、気弱な主人公が突然のドタバタ劇に巻き込まれて行く体裁を取りながらも、美しいパリの街並みを背景に、人生の在り方を静かに問いかけて来る秀作。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(序盤に限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
ウディ・アレンに、4つ目のアカデミー賞となる脚本賞をもたらした本作。見目麗しい映像をボンヤリと眺めて楽しんでも良し、コメディーとして軽快に笑っても良し、あるいはストーリーにどっぷりと浸かって、主人公と一緒に人生に想いを至らせても良し。
色んな楽しみ方のある本作について、この記事でちょっとだけその世界観に足を踏み入れてみませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から21分30秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、主人公のキャラクターと願望、周囲の近しい人物達との人間関係が分かります。
そして、どんなキッカケからタイムスリップに迷い込むことになるのかも見えるので、この映画に対する好き嫌いを判断する最短のポイントではないでしょうか。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ミッドナイト・イン・パリ」(原題:Midnight in Paris) は、2011年公開のファンタジー・コメディ作品。処女小説の執筆を独自に続けるプロのアメリカ人映画脚本家が、旅先のパリで、夜な夜な単身で1920年代へのタイムトラベルを繰り返すファンタジー・ストーリー。
心優しき主人公のギルをオーウェン・ウィルソンが好演する。1920年代のパリでは、エキセントリックな著名芸術家が夜な夜な酒を酌み交わしており、ギルは彼らとの交流を重ねる内に、次第に自身の人生を見つめ直して行く。
監督・脚本を務めるのはウディ・アレン。アレン監督が1920年代の往年の美しく華やかなパリを映像で再現していく。
また、実にウディ・アレンの脚本らしく、ちょっと気弱な男が周囲の理不尽な要求や、劇的な環境の変化に巻き込まれ、悪戦苦闘して行く上質なコメディも健在。
ドタバタ劇も織り交ぜながらも、しっかりと主人公の内面の葛藤や成長に光を当て、生き方について示唆に富んだ物語が進んで行く。
芸術的評価
ウディ・アレンが、本作で第84回アカデミー脚本賞を受賞した。
アレンは、1977年の「アニー・ホール」で監督賞と脚本賞を受賞し(ちなみに、この作品は作品賞も加えた合計3部門の受賞)、1986年の「ハンナとその姉妹」で脚本賞を受賞しているため、本作での受賞が3回目の脚本賞の受賞、通算4回目のオスカー受賞となる。
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、93%とこの上ない支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”ウディ・アレンの古典的な映画ほどの深みは持ち合わせていないかも知れないが、甘くセンチメンタルな『ミッドナイト・イン・パリ』は、面白く、魅力的で、彼のファンを十分に満足させるだろう” と、評されている。
要は、例えば「アニー・ホール」と比較したら劣るかも知れないけど、十分に面白い作品だよねということで良いんだと思う。
商業的成功
この映画の上映時間は94分と、標準よりもかなり短く仕上がっている。そして、製作費1千7百万ドルに対して、世界興行収入は1億5千2百万ドルを売り上げている。実に8.9倍のリターンをもたらしたことになる。
これだけ作家性の色を出しながらも1億5千万ドル以上のヒットを記録し、かつ9倍近い利益をもたらす。多作で知られるウディ・アレンのキャリアにおいても、少なくとも21世紀の作品として代表作なのでは?
キャスト(登場人物)
この映画は、2010年と1920年代の両方を描き、かつ後者はパリでの芸術家の交流を描いているため、かなり登場人物が多い。しかも、豪華キャストである。しかし、ストーリーを追う上では、人の頻繁な出入りは無いので、特段混乱は起きないと思う。
役名 | 俳優 | 役柄 |
ギル・ペンダー | オーウェン・ウィルソン | 主人公。ハリウッドの映画脚本化。小説家を目指している |
イネズ | レイチェル・マクアダムス | ギルの婚約者 |
ジョン | カート・フラー | イネスの父 |
ヘレン | ミミ・ケネディ | イネスの母 |
ポール・ベイツ | マイケル・シーン | イネスの友人 |
キャロル・ベイツ | ニーナ・アリアンダ | ポールの妻 |
美術館の案内人 | カルラ・ブルーニ | |
ワイン試飲する男 | モーリス・ソネンバーグ | |
1920年代のパーティゴア | ティエリー・アンシス | |
1920年代のパーティゴア | ギヨーム・グイ | |
1920年代のパーティゴア | オドレ・フルーロ | |
1920年代のパーティゴア | マリ=ソーナ・コンド | |
コール・ポーター | イヴ・エック | 往年のアメリカの作曲家・作詞家 |
F・スコット・フィッツジェラルド | トム・ヒドルストン | 往年のアメリカの小説家 |
ゼルダ・フィッツジェラルド | アリソン・ピル | スコットの妻 |
ジョセフィン・ベーカー | ソニア・ロラン | 往年のアメリカの女性ジャズ歌手 |
アーネスト・ヘミングウェイ | コリー・ストール | 往年のアメリカの小説家 |
フワン・ベルモンテ | ダニエル・ルント | スペインの闘牛士。闘牛士のスタイルに変革をもたらした |
古物商人 | ロラン・シュピールフォーゲル | |
ガートルード・スタイン | キャシー・ベイツ | 往年のアメリカの著作家、詩人、芸術収集家 |
アリス・B・トクラス | テレーズ・ブル=ルビンシュタイン | ガーとルード・スタインのパートナー |
パブロ・ピカソ | マルシャル・ディ・フォンソ・ボー | 往年のスペインの芸術家 |
アドリアナ | マリオン・コティヤール | ピカソの愛人 |
ガブリエル | レア・セドゥ | 蚤の市で出会う女性 |
ジューナ・バーンズ | エマニュエル・ユザン | 往年のアメリカの芸術家、イラストレーター、小説家 |
サルバドール・ダリ | エイドリアン・ブロディ | 往年のスペインの芸術家。シュルレアリスムの旗手 |
マン・レイ | トム・コルディエ | 往年のアメリカの画家、写真家、映画監督 |
ルイス・ブニュエル | アドリアン・ドゥ・ヴァン | スペインからメキシコに帰化した往年の映画監督、脚本化、俳優 |
探偵デュリュック | セルジュ・バグダサリアン | |
探偵タスラン | ガッド・エルマレ | |
T・S・エリオット | デイヴィッド・ロウ | 往年の詩人、随筆家、出版者 |
アンリ・マティス | イヴ=アントワーヌ・スポト | フランスの水彩芸術家 |
レオ・スタイン | ロラン・クラレ | アメリカの芸術収集家、批評家 |
ベル・エポックのカップル | サヴァ・ロロヴ | |
ベル・エポックのカップル | カリーヌ・ヴァナス | |
マキシムの女将 | カトリーヌ・ベンギギ | |
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック | ヴァンサン・マンジュ・コルテス | フランスの絵描き、芸術家 |
ポール・ゴーギャン | オリヴィエ・ラブルダン | フランスの絵描き、彫刻家 |
エドガー・ドガ | フランソワ・ロスタン | フランスの印象派の芸術家 |
ヴェルサイユの王族 | マリアンヌ・バズレール | |
ヴェルサイユの王族 | ミシェル・ヴィエルモーズ |
あらすじ (21分30秒の時点まで)
2010年のパリ。ハリウッドの映画脚本家であるギル・ペンダー(オーウェン・ウィルソン)とその婚約者イネズ(レイチェル・マクアダムス)は、イネズの両親のパリ出張旅行に合わせて、この地を訪れていた。
ギル(オーウェン・ウィルソン)もプロの脚本家としてかなりの成功を収めているにも関わらず、婚約者の一家は非常に裕福なこともあり、彼らは何となく自身を見下しているように感じるギル。しかし、心優しきギルはイネズ(レイチェル・マクアダムス)への愛もあり、違いを認め合えるオープンな関係と捉えていた。
小説家に転身する夢を持ち、既に処女作の初稿を書き上げているギルには、パリに拠点を移したいという野望があった。何故なら彼は、全ての街角が美しいパリが大のお気に入りで、特に世界中から芸術家が集まった1920年代のパリに強い憧れを抱いていたからだ。
しかし、イネズはアメリカから離れるつもりは毛頭なく、ギルにも安定した収入の得られる脚本家を続けされたがっており、彼の願望については黙殺するばかりだ。
そんな中、ギルとイネズたちは、イネズの学生時代からの友人ポール(マイケル・シーン)とその妻に遭遇し、翌日彼らは一緒に観光をする運びとなる。ところがこのポールという男が、現地の観光ガイドの説明を遮ってでも自身の知識を開陳しようとするイケ好かない奴だった。しかもその説明には誤った情報も多い。
しかしあろうことか、イネズはインテリの雰囲気を身にまとったポールに学生時代から憧れているようで、ポールの言うことは全肯定、ギルの言うことは全否定という態度を取り始める。
ギルの夢を諦めさせたいイネズは、嫌がるギルの意向も無視し、ギルの処女作のプロットをポールに勝手に話してしまう。ギルの小説は、パリでアンティークを扱う店の店主を主人公にした話なのだが、ポールはそれを読んでもいないのに頭ごなしに難癖を付ける。
夕食後、ギルは酔いもあり、イネズにもうホテルに戻ることを提案するが、イネズはポールたちとダンスをしに行くと言って聞かず、ギルとは別行動を取る。ギルは酔い醒ましと散歩を兼ねて徒歩でホテルに向かうことにするが、案の定入りくんだパリの裏道で迷ってしまう。
ギルが、目に付いた広場で腰を下ろし、しばらく足を休めていると、時計は午前0時の鐘を鳴らした。
するとどこからともなくプジョーのクラシックカーが現れ、中にいた1920年代風の服装をした陽気な男女が、半ば強引にギルを車中へと誘い、一緒にパーティーへと向かう。
何だか楽しくなってきたギルが、パーティー会場に着くと、何とそこには、コール・ポーター、スコット・フィッツジェラルド(トム・ヒドルストン)とその妻ゼルダ(アリソン・ピル)や、ギルが憧れる1920年代の名だたる芸術家ばかりが集っていた。
信じられないことだが、どうやらギルは、1920年代の世界にタイムスリップしたようだ。
果たして、パリの地において、2010年と1920年代を行き来することになったギルは、そこで何を見て、何を知り、何を学ぶのであろうか・・・?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを3つの観点で書いてみたいと思います。何かを解説差し上げるというスタンスではなく、こういうポイントに目を配ると、本作品をより味わい深く鑑賞できるのではないか?というご提案だとお考え下さい。
全てネタバレなしで書いていきますので、安心してお読みください。
理不尽なコメディ
本作でも、ウディ・アレン独特の理不尽なコメディが炸裂します。これがまず最初に目に付く見どころだと思います。
心優しい主人公の男が、周囲の人間の独善的な正義や、心無い発言、あるいは黙殺する態度に振り回される。けれども、そんな周囲の人間は男の心にさざ波を立てたことすら気付かず、何事も無かったかのように時間だけがシレーっと過ぎて行く。
かつてのウディ・アレン作品では、俳優ウディ・アレンがこのサンドバック役を一手に引き受けていましたが、この「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年) では、オーウェン・ウィルソンがその役目を引き受けます。
この理不尽なコメディを是非お楽しみください。
この理不尽さ、不愉快さを楽しめないと、ウディ・アレン作品は正視に耐えないんだと思います(笑)
見事な1920年代の再現
世界大恐慌を迎える前の世界。近代でもっとも華やかで煌びやかで無反省だったとされる1920年代。「華麗なるギャツビー」や「バビロン」等、多くの映画で、この黄金時代はその題材として扱われてきましたが、この映画ではそのパリ版がスクリーンで再現されています。
豪華キャスト、衣裳、化粧、ヘアメイク、セットから小道具に至るまで、見事な再現力です。
観客に、タイムスリップした!と信じ込ませるに十分な世界が目の前に現れないと、この映画は成立しないので、そういう意味では本作は大成功じゃないでしょうか?その目でお確かめください。
理想郷は何処に?
芸術の都パリに、特にエキセントリックな芸術家が集っていた1920年代のパリに、強い憧れを抱いている主人公のギル。そこに住みさえすれば、自身の創造力は大きく開花すると錯覚してやいませんか?
物理的な場所?いやいやいやいや、そんな単純な話じゃないでしょう。
では、本当の自分探しの旅とは、どのように続けていくべきものなのか?そして、この物語はどのように転がっていくのか?
実はこれこそがこの映画のメインのテーマなんじゃないでしょうか?筆者はそんなことを感じました。
余計なことまでは申しません。皆さんは、どんなことをお感じになりながら、この映画をご覧になるでしょうか。
まとめ
いかがでしたか?
どちらかという小粒の部類に属す作品かも知れませんが、ピリリと辛い大人向けの作品だと思います(流石ウディ・アレン!)。その魅力が一部でも伝わって、この作品を観てみたいと思って頂けると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | ビジュアルとストーリーのバランスの良さ! |
個人的推し | 4.0 | ウディ・アレン監督の皮肉めいたジョーク、好きです! |
企画 | 3.5 | パリでしか成立しない企画 |
監督 | 3.5 | 空気感が堪らないです |
脚本 | 4.5 | 何でこれが94分の短さに収まるの??? |
演技 | 3.5 | 見事な団体芸 |
効果 | 4.5 | 1920年代を低予算で再現! |
このような☆の評価にさせて貰いました。
ビジュアルのインパクトも強いし、演技も面白いし、ストーリーも素晴らしい。ウディ・アレンの皮肉めいたジョークも随所に散りばめられていて、素晴らしい出来だと思います。
出色なのは、この内容が94分の上映時間に収まっていることです。どれだけ有効なストーリーテリングなんでしょう。
演技は、個々の誰かというより、全体のコンセプトを理解した各俳優陣が団体芸として世界観を成立していることを楽しむべきなんだと捉えています。
2024年1月現在、サブスクで鑑賞出来ないのが痛い・・・