この記事でご紹介する「ブリッジ・オブ・スパイ」は2015年公開の政治伝記映画。東西冷戦下の1960年代初頭に、東西陣営間で実際に行われた捕虜交換を描いた実話に基づく物語。監督はスティーブン・スピルバーグ、主演はトム・ハンクス、そして脚本にコーエン兄弟が名を連ねている。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
本作はそれほど派手さはないが、コーエン兄弟のウィットに富んだシナリオを、スピルバーグが王道の演出で料理し、そこにトム・ハンクスがカリスマ的存在感を見せつける実話のスリラー。この記事でちょっとだけその世界観に足を踏み入れてみませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から26分45秒のタイミングをご提案します。
この辺りまでご覧になると、この映画の雰囲気がつかめていると思います。そして、物語の下敷きまでは見える頃ですので、この先も観たいかご判断する最短のタイミングとしてご提案します。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ブリッジ・オブ・スパイ」(原題:Bridge of Spies) は、2015年公開の政治伝記映画。1960年代初頭、東西冷戦下の東ベルリンを舞台に繰り広げられた、東西陣営間の捕虜交換劇を描いた作品。この物語は実話に基づいたストーリーである。
1957年にニューヨークで逮捕されたソ連のスパイ、ルドルフ・アベルと、1960年にソ連上空で撃墜されたアメリカ軍偵察機のパイロット、フランシス・ゲイリー・パワーズとの捕虜交換を、民間人弁護士が交渉によって実現させようと奔走する様を描いている。
その実在した弁護士ジェームス・ドノヴァンをトム・ハンクスが演じている。
制作陣
この一連の事件や、当時の東ベルリンにおけるCIAの諜報活動は、様々な書物に書き記されている。ジェームズ・ドノヴァン本人が書き記した『Strangers on a Bridge: The Case of Colonel Abel and Francis Gary Powers』やトルーマン・カポーティの『Brooklyn Heights: A Personal Memoir』がそれである。
これらの実話を基にして、脚本家のマット・チャーマンが映画脚本に書き上げ、ドリームワークスに持ち込んだのが製作の発端である。これがスティーブン・スピルバーグの目に留まり制作が決まった。
チャーマンの脚本をコーエン兄弟が最終稿に仕上げ、スピルバーグ、マーク・プラット、クリスティ・マコスコ・クリガーの3名が製作を務め、そしてスピルバーグ本人が監督も務めることになった。
スピルバーグ監督と俳優トム・ハンクスがタッグを組むのは、
邦題 | 原題 | 公開年 | 監督 | 主演 | 世界興行収入 |
プライベート・ライアン | Saving Private Ryan | 1998年 | スティーブン・スピルバーグ | トム・ハンクス | 4億8千2百万ドル |
キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン | Catch me if you can | 2002年 | スティーブン・スピルバーグ | レオナルド・ディカプリオ | 3億5千2百万ドル |
ターミナル | The Terminal | 2004年 | スティーブン・スピルバーグ | トム・ハンクス | 2億1千9百万ドル |
ブリッジ・オブ・スパイ | Bridge of Spies | 2015年 | スティーブン・スピルバーグ | トム・ハンクス | 1億6千5百万ドル |
と、4度目である。
芸術的評価
この作品は、第88回アカデミー賞で6部門にノミネートされ、ソ連側のスパイを演じたマーク・ライランスが、自身初のアカデミー助演男優賞を獲得した。
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、91%とこの上なく高い支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”『ブリッジ・オブ・スパイ』は、スティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスによる信頼の卓越した仕事ぶりにより、古典的な冷戦下のスパイ・スリラーに新たな命を吹き込んでいる” と、評されている。
商業的成功
この作品の上映時間は142分と標準より長い。しかし、随所に見られるウィットに富んだ会話劇、そしてスリリングな展開が楽しめるので、体感的には長さを感じないと思う。そして、製作費4千万ドルに対して、世界興行収入は1億6千5百万ドルを売り上げたと報じられている。実に4.14倍のリターンである。
あっさりと(?)このようなヒット作 + 高い収益性を達成してしまうスピルバーグとハンクスのコンビに脱帽である。
キャスト(登場人物)
この映画は、シナリオ上様々な組織に所属する様々な人物が登場する。と言っても、沢山の固有名詞を暗記しておかないとストーリーに付いて行けなくなるという程ではない。
立ち返る場所として一覧を準備するので、参考にしていただきたい(組織ごとに色分けしてある)。
役名 | 俳優 | 役柄 |
ジェームズ・ドノヴァン | トム・ハンクス | 主人公。アイルランド系アメリカ人の弁護士 |
メアリー・ドノヴァン | エイミー・ライアン | ドノヴァンの妻 |
キャロル・ドノヴァン | イヴ・ヒューソン | ドノヴァン家の長女 |
ロジャー・ドノヴァン | ノア・シュナップ | ドノヴァン家の長男 |
ペギー・ドノヴァン | ジリアン・レブリング | ドノヴァン家の次女 |
トーマス・ワターズ・Jr | アラン・アルダ | ワターズ&コワン&ドノヴァン法律事務所に所属するドノヴァンのパートナー |
ダグ・フォレスター | ビリー・マグヌッセン | ドノヴァンの部下である若い弁護士 |
アリソン | レベッカ・ブロックマン | ドノヴァンの秘書 |
マーティ | スティーヴン・ボイヤー | ドノヴァンの部下 |
ルドルフ・アベル | マーク・ライランス | ドイツ系ロシア人のソ連諜報員 |
マイケル・ヴェローナ | スティーヴ・サーバス | 収監されているアベルに応対する人物 |
アレン・ダレス | ピーター・マクロビー | CIA長官 |
ホフマン | スコット・シェパード | CIAエージェント。何かとドノヴァンと対立する |
ウィリアムズ | マイケル・ガストン | CIAエージェント。偵察飛行を指揮する |
フランシス・ゲイリー・パワーズ | オースティン・ストウェル | アメリカ空軍中尉。ソ連上空で撃墜され、ソ連の捕虜となる |
ジョー・マーフィ | ジェシー・プレモンス | パワーズの同僚である空軍中尉 |
モーティマー・W・バイヤーズ判事 | デイキン・マシューズ | アベルの裁判を担当する判事。ドノヴァンとは旧知の仲 |
ウィリアム・トンプキンズ | スティーヴン・クンケン | アベルを訴追する検察官 |
ボスコ・ブラスコ | ドメニク・ランバルドッツィ | FBI捜査官。アベルの内偵を進める。 |
ギャンバー | ヴィクター・ヴェルハーゲ | FBI捜査官。アベルの内偵を進める。 |
イヴァン・シスキン | ミハイル・ゴアヴォイ | 東ベルリンのソ連大使館二等書記官 |
ソ連のメイン尋問官 | メラーブ・ニニッゼ | 捕虜となったパワーズ尋問する |
2番目の尋問官 | イワン・シュヴェドフ | 捕虜となったパワーズ尋問する |
フレデリック・プライヤー | ウィル・ロジャース | 東ドイツに留学しているイエール大の学生 |
ハラルド・オットー | ブルクハルト・クラウスナー | 東ドイツの司法長官 |
オットーの秘書 | マックス・マウフ | オットーの秘書で、英語が堪能であるため、ドノヴァンと英語で会話をする |
ウルフガング・ヴォーゲル | セバスチャン・コッホ | 東ドイツの弁護士。ドノヴァンの応対をする |
検問所の守衛 | ミヒャエル・クランツ | 東ドイツの検問所の守衛 |
ベイツ | ジョシュア・ハート | 映画の冒頭で、交通事故の損害補償についてドノヴァンと交渉する |
ニュースキャスター | ジョン・テイラー | 裁判の進行状況を報道する |
あらすじ (26分45秒の時点まで)
1957年のニューヨーク・ブルックリン。東西冷戦真っ只中のこの時代に、この地で諜報活動を行っていたソ連のスパイ、ルドルフ・アベル(マーク・ライランス)。彼は、しがない画家を装いこの地に暮らし、日々諜報活動を行っていた。
しかし、既にFBIからソ連のスパイと目されていたアベル(マーク・ライランス)は、組織的な内偵調査を受けていて、仲間のスパイから新たに情報を受け取ったことを確認された段階で、長期滞在していたホテルの部屋に踏み込まれ、身柄を拘束されてしまう。
アメリカ政府はアベルに対して長期に渡り、二重スパイになるよう、あるいは秘密情報を提供するよう再三働きかけたが、愛国心の強いアベルはこれを断固拒否する。そこでアメリカ政府は遂に方針を転換し、彼を重い罪に問おうと企んだ。
ただし法治国家である以上、スパイであっても対外的にはアベルに公正な裁判を受けさせたというアリバイが必要で、これには代理人となる弁護士も必要となる。そこで、ニューヨークの有名弁護士事務所にアベルの弁護を依頼し、その事務所は所属のベテラン弁護士、ジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)にこの事案を担当させることにする。
1957年当時のアメリカは、マッカーシズムによる赤狩りのピークは過ぎたとは言え、共産主義への嫌悪感は非常に強く、保守派を中心にアベルへ極刑を望む声もあった。すなわち、この被告を弁護することは世論を敵に回す行為であり、依頼を受けた弁護士事務所も、政府の真意を忖度し、アベルの弁護は形式的なものにとどめるつもりでいた。
ところがドノヴァン弁護士(トム・ハンクス)は、アベル(マーク・ライランス)との面会を通して、国は違えど祖国への揺るぎない忠誠を示すアベルの人柄に触れ、アベルの弁護に本腰を入れて行く。というのも、アベルのような愛国者を公正に扱うことは、将来東側諸国に捕えられるかも知れないアメリカ人捕虜を公正に扱わせる交渉材料にもなり、アベルを弁護することは国益にも反しないと実直に考えていたからだ。
時を前後して、CIAもソ連に対する諜報活動を強化していた。米国内の某所では、CIAは軍に要請し、長距離飛行に長け、身元に問題が無く、愛国心の強いパイロット4名を厳選する。
彼らの任務は、ロッキード社製のU-2という高高度長距離飛行偵察機に乗り、機体に搭載された高解像度カメラを使って、ソ連領内を撮影することである。このU-2は、戦闘防御力はほぼゼロに等しいが、その代わり機体が非常に軽く、高高度を長距離飛行できるという特徴があった。これにより、高解像度カメラで敵国領内の地上をじっくりと撮影する情報収集を展開するつもりでいたのだ。
ただしパイロットたちは、万が一U-2が故障、または撃墜された際は、U-2に搭載した自爆装置を使って機体とカメラを破壊し、同時に自身も飛行機と運命を共にせよと厳命されていた。それでもパイロットが生き残った場合は、常時携行している自害用の青酸カリを使うことという、徹底した機密保持策が講じられていた。
さて、ニューヨークでは、アベル(マーク・ライランス)の公判日が近づいてきた。ドノヴァン弁護士(トム・ハンクス)は、担当判事、担当検事との事前会合において、3週間の公判延期の申請をする。ところが判事は、この裁判の結果はやる前から決まっている、判決が決まっている裁判を長引かせることは許さないと、ドノヴァンの願い出を一顧だにせず却下する。
果たしてアベル(マーク・ライランス)は、このままで公正な裁判を受けられるのだろうか? ドノヴァンは、世論や所属事務所の真意に反してアベルの弁護を真摯に行うことで不利益を被らないのだろうか? そして、CIAの特命を受けたパイロットたちは、無事に諜報活動をやり遂げられるのだろうか・・・?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを3つの観点に絞って書いてみたいと思います。こんなことを頭の片隅に置いておいて貰えると、この作品をより味わい深く楽しめるのではないか?という情報を書いてみます。
どれもネタバレなしで書いていきますので、安心してお読みください。
実話が持つ説得力
この作品の見どころとして最初に押さえておきたいのは、やはりこの映画が実話に基づいた物語だという点です。
ソ連のスパイとアメリカ軍のパイロットの捕虜交換を成立させるために、民間の弁護士が東ベルリンを奔走する。「本当かよ?」と思っちゃいますが、事実は小説より奇なりなんでしょうね。
脚本を起草したマット・チャーマンは、よくぞこんな題材に目を向け、これを物語のレベルにまで引っ張り上げたなぁ!と感服してしまいます。
そして、いざ配役が決まったとなると、ソ連のスパイ、ルドルフ・アベルの役作りも、
アメリカ軍パイロット、フランシス・ゲイリー・パワーズの役作りも、
本人の資料写真と比較して、容姿がバッチリと寄せられていることが分かります。
事実に基づく物語。腰を落ち着けてじっくりとご鑑賞ください。
銃撃シーンが出てこないスパイ映画
この映画をまだご覧になってない方にも含めて言い切っちゃいますが、本作には007のような武闘派スパイによる銃撃シーンは出て来ません。そこを求めるのであれば期待外れに終わるのでそのつもりでいてください。
「プライベート・ライアン」(1998年) では、あれだけの戦闘シーンを描いたスピルバーグ監督とトム・ハンクスのコンビが、本作のような映画では一転して渋ぅーく作品を作り上げて行っていると思うと、非常に感慨深いです。
今も昔も、現実の諜報活動や外交交渉というのは、本作で描かれるように、水面下で黙々と進んで行くものなのかも知れません。
その代わり、この映画を鑑賞して行く中で目を引くのは、画面を構成するアイテムの数が非常に多いこと。一つ一つの”画(え)”に惜しみなく配される建物、人、物が効果的にストーリー性を高めていることに気付かれるかもしれません。
ソ連のスパイ、ルドルフ・アベルの潜伏先然り、
ジェームズ・ドノヴァン弁護士が巻き込まれる騒乱然り。
派手なドンパチが無い代わりに、力強い画の数々が観る者に働きかけて来ると思います。皆さんの目にはどのように映るでしょうか?
誇り、正義、愛国心に関する深い洞察
では、銃撃戦のないスパイ映画が、掘り下げようとしているテーマって一体何だろう?って思いますよね。
物語のアウトラインは、東西冷戦下における国家間の政治的な対立、緊張状態であり、ベルリンの壁が敷設された当時の東ベルリンの混乱と惨状です。
しかし、よぉーく目を凝らして観ると、一人の民間弁護士ジェームズ・ドノヴァンの目線を通して描かれるのは、もっとパーソナルでエモーショナルなもの。人間性に対する強い想いではないでしょうか?
西側陣営の人間に正義があるように、東側陣営の人間にも正義はあるのではないか?自由主義を謳うアメリカ合衆国が法の精神に則らずに、一時の感情で人を裁いたら、我々は何を論拠に自由と平和を追求していくことが出来るのだろうか?
大ベテランのスピルバーグ監督とトム・ハンクスが、コンビ4作目で選んだ作品は、そんな大人のスパイ映画だったということなのかな?そんなことをちょっとだけ意識して本作をご覧になると、より味わい深いかも知れません。
皆さんの心には何が残りますでしょうか?
まとめ
いかがでしたか?
派手さはないけど、なかなか深遠なテーマを扱っている本作について、その良さをちょっとだけ宣伝させてもらいました。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 3.5 | 正しい事前情報でご覧になることをおススメします |
個人的推し | 3.5 | 解って来ると面白い! |
企画 | 4.0 | こんな実在の民間弁護士が居たなんて! |
監督 | 3.0 | 何かコンセプトが中途半端? |
脚本 | 3.5 | 会話劇が面白い! |
演技 | 4.0 | マーク・ライランスのとぼけた演技!! |
効果 | 3.5 | 時折、画が幻想的過ぎる・・・ |
このような☆の評価にさせて貰いました。
十二分に楽しめる作品なので、おススメです。ただ、時折、”画”が妙に幻想的過ぎて、コンセプトが中途半端というか、ちょっとファンタジーに見えちゃう時があるような気がするんですよね…
上述の「見どころ」からは割愛しましたが、マーク・ライランスの演技が出色の出来です。
弁護士であるドノヴァン(トム・ハンクス)からの「君は先行きが不安にならないのか?」という問いに「Would it help?(=不安になったら何か役に立つのか?)」と表情を変えずに答える様は秀逸です。こりゃアカデミー助演男優賞獲るわ!って思いました。