この記事でご紹介する「ブラック・レイン」は、1989年に公開されたアクション映画。当時ハリウッド進出を本気で狙っていた松田優作が、主役のマイケル・ダグラスを喰うほどの、静謐の中に狂気を忍ばせる不気味な演技で、一躍話題を集めた。しかし、後述の通り残念ながら本作が遺作となる。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
リドリー・スコット監督のこだわる様式美、映像美が冴え渡り、そこに日米の豪華出演陣の迫真の演技が幾重にも重なり、単なるアクション映画、警察者、ヤクザ物の域を越えたこの芸術作の世界に、ちょっとだけ足を踏み入れてみませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかの判断を下すジャッジタイムですが、
- 上映開始から31分20秒の時点をご提案します。
ここまでご覧になると、作品のテースト、主要登場人物の立ち位置、そしてストーリーの端緒が掴めると思います。その先も観るのか止めるのかを判断する最短のタイミングだと思います。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ブラック・レイン」(原題:Black Rain) は、1989年公開のアクション映画。マイケル・ダグラス扮するニューヨーク市警の型破りなやり手刑事と、松田優作扮する怖いもの知らずのヤクザとの対決を、ニューヨークと大阪を舞台に描く。
監督はリドリー・スコット。本作以前に「エイリアン」(1979年)、「ブレードランナー」(1982年) を世に送り出していたスコット監督は、「ダイ・ハード」(1989年) の撮影を担当していたヤン・デボン(自らも1990年代に「スピード」シリーズの監督を務める)、「タクシー・ドライバー」(1976年)、「ナインハーフ」(1986年) の編集を務めたトム・ロルフをスタッフに迎えて、スリリングなコマ割りに、豊かな映像美を足し込んだ芸術作品に本作を仕上げた。
日米豪華キャスト
この作品は、アメリカ、日本の双方から名優が多数出演しているのが特徴だ。主な出演者だけでも以下となる。
- アメリカ側
- マイケル・ダグラス
- ニック・コンクリン役
- 本作品の主人公。強面なニューヨーク市警のやり手刑事
- アンディ・ガルシア
- チャーリー・ビンセント
- ニック刑事の相棒。気さくで色男の刑事として描かれる
- ジョン・スペンサー
- オリヴァー(ニックの上司)
- 後にドラマ「ホワイト・ハウス」(原題:The West Wing) の大統領首席補佐官役で高い評価を得る
- マイケル・ダグラス
- 日本側
- 松田優作
- 佐藤浩史
- 自身の組織を急成長されている若手イケイケのヤクザ
- 本作品は、この佐藤を追跡することがストーリーの軸となる
- 高倉健
- 松本正博
- 大阪府警の警部補。日本に滞在する、ニック、チャーリーの両刑事のお目付け役
- 神山繁
- 大橋
- 大阪府警刑事部長。ニックとチャーリーの日本滞在を嫌がり、松本を監視役に付ける
- ガッツ石松、内田裕也、國村隼
- 佐藤の子分
- 若山富三郎
- 菅井国雄
- 佐藤の元親分。関西ヤクザ界のドン
- 安岡力也、島木譲二
- 菅井の子分
- 松田優作
商業的な成果
この映画の上映時間は125分で、一般的な長さだ。リドリー・スコット監督にしては短い方かもしれない。3千万ドルの製作費に対して、世界興行収入は1億3千4百万ドルと、4.47倍のリターンをもたらした大ヒット作である。
あらすじ (31分20秒の時点まで)
ニューヨーク市警の刑事ニック・コンクリン(マイケル・ダグラス)は、型破りな警察官である。バイクに乗るのが大好きで、賭けレースに興じることもある。
彼はやり手の刑事だが、離婚した妻が引き取った長女が通う私学の授業料に追われ、麻薬密売組織から押収した金の一部を横領した嫌疑で内部監査官からの調査に追われていた。
そんなある日、市内のイタリアンレストランの片隅で、ニック(マイケル・ダグラス)が相棒のチャーリー(アンディ・ガルシア)と、リラックスした昼食の一時を過ごしていると、同じ店内でイタリアンマフィアと会食していた日本のヤクザの幹部の元に、別のヤクザの一団が強引に押しかけて来る。
その押しかけヤクザを率いるのが佐藤浩史(松田優作)で、佐藤の子分が機関銃で店内に睨みを利かせている間に、佐藤は会食中のヤクザの幹部の内ポケットから何かを抜き取り、そのままその幹部と護衛を刺殺して逃走する。
即座に追跡を開始するニックとチャーリー。肉弾戦の末、2人は何とか佐藤の逮捕に成功する。
ニック(マイケル・ダグラス)は、そのままニューヨークの法律の下で佐藤を裁くことを熱望するが、国際的に指名手配されていた佐藤は、日本に送還されることになる。ニックの精神的疲労を慮った上司のオリヴァー(ジョン・スペンサー)は、日本への護送役にニックとチャーリーを指名し、日本の警察に佐藤の身柄を引き渡した後は、しばらく日本で骨休めをすることを命じる。
一般の旅客機の片隅で、ニックとチャーリーは佐藤を空路護送し、伊丹空港に着陸するやいなや、出迎えに来た日本の刑事(内田裕也・ガッツ石松)と制服警官に佐藤の身柄を引き渡す。
ホッと胸を撫で下ろし、自分達も旅客機を降りようとすると、そこに別の刑事と制服警官が現れる。状況が飲み込めた時には時すでに遅し、2人はたった今、佐藤を警察官に変装した佐藤の子分たちに引き渡してしまったのだ。
偽警官が空港の制限エリアに侵入できるセキュリティの甘さを糾弾するニック(マイケル・ダグラス)であったが、大阪府警からは、みすみす犯人を取り逃がした間抜けな刑事コンビと見なされてしまう。
このまま手ぶらで本国に帰る訳に行かない2人は、そのまま大阪に滞在し、佐藤を追跡することを要求するが、大阪府警刑事部長の大橋(神山繁)はこれを認めない。滞在は自由とするが、2人から所持する拳銃の全てを預かり、お目付け役として警部補の松本正博(高倉健)を同行させることにする。
果たして、ニックとチャーリーは、見事佐藤を見つけ出し、再度捕らえることが出来るのだろうか…?
見どころ (ネタバレなし)
この映画の見どころを、4+α 個挙げてみましたので、参考にしてみてください。ネタバレなしで、本作品をより味わい深く鑑賞するためのお手伝いという位置付けです。
松田優作の演技
とにかく、この映画は松田優作の演技が圧巻です。威勢の良い啖呵を切って相手を威圧するようなヤクザ像ではなく、静かな表情から相手を刺すような目の動きで、内面に秘めた狂気をチラつかせ、「この男は何をしでかすか分からない」という恐怖心を相手に植え付ける演技です。
183㎝の高身長は、相手役のマイケル・ダグラスにも全く引けをとらず、この存在感がハッキリ言って主役のダグラスとの映画のバランスを変えてしまっているぐらいです。
シリーズ1作目の「ターミネーター」(1984年) を思い出して頂くと良いと思いますが、「ターミネーター」は、命からがら逃げるマイケル・ビーンとリンダ・ハミルトンを軸に描いた映画ですが、この作品では追跡してくるサイボーグであるアーノルド・シュワルツェネッガーが名実ともに主役でした。
本作「ブラック・レイン」では、追跡する刑事であるマイケル・ダグラスが主人公という扱いですが、2人が並び立つシーンにおいては、追われる松田優作の方が存在感が明らかに大きくて、完全に主役を喰っていると思います。これはもうご自身の目で検証いただくしかないので、是非本作品をご覧になってください!
撮影時には既にガン宣告を受けていたと言う松田優作。延命治療を断って撮影に望んだという。結果、映画の完成には漕ぎ着けたが、映画が公開される頃には病状が悪化し、公開の1ヶ月後には亡くなりました。
死んだ人はいつまでも若く、永遠の輝きを放つとは言え、もっともっとハリウッド映画で活躍する様を見たかったです。次回作の出演も決まっていたそうですから。
リドリー・スコットの映像美
松田優作の演技の凄さに目が慣れたら、次はリドリー・スコット監督の映像美に目を向けて頂きたいです。
まず、スコット監督の作品の特徴である、”作品のテーマとなる色調の強調”ですが、本作品では一貫した赤味の掛った暖色系の映像が目に付きます。
この映画は、シンプルにアクション追跡劇として楽しむという手もありますが、もう一段階掘り下げると、この作品は2人のアメリカ人刑事が、異文化に放り込まれる映画でもあります。自らの失態もあって、ニューヨークの刑事が日本という異文化の国で、異なる警察機構の枠組みの中で悪戦苦闘するストーリーと捉えることも出来るという意味です。
拳銃を取り上げられ民間人扱いされるという、刑事としてのブライドをズタズタにされる扱いを、言葉も通じない国で受けるという”異世界観”を強調するためでしょうか?首尾一貫して赤味の掛った映像が、印象的に用いられます。ご自身の目でお確かめください。
冒頭のタイトルロールも象徴的です。”ブラック”・レインを思わせる黒地の背景に、日の丸(日章旗)を模した燃えるような赤い円。そして、そこに敢えて縦書きで記される”Black Rain” のタイトル。親日派で知られるリドリー・スコット監督ならではの演出だと思います。
そして、「ブレードランナー」(1982年) を彷彿とさせる、独特な大都会の喧騒の”炙り出し”が、本作品でも大阪の街を独自の視点で描き出します。地面の随所から煙る湯気、乱雑に行き交う街の人々、逆光で差し込む照明、そして効果的なカメラのパーン。リドリー・スコット監督が得意とするこの没入感が、この映画の見どころというか、”感じどころ”です。
アクション・シーンの迫力
アクションシーンの計算され尽くされたコマ割りには、脱帽の一言です。リドリー・スコット監督が設計した精緻な絵コンテを、撮影ヤン・デボンが映像として切り取り、トム・ロルフが編集で紡ぎ上げます。
構図の美しさとスピード感、松田優作とマイケル・ダグラスの緊張感あふれる表情と、陳腐な表現ですが迫力満点です。大いに期待してください!
言葉の壁
Language Barrier / 言葉の壁 もこの作品の大きなテーマです。笑っちゃうのが、「賠償責任保険証券 西日本不動産事業部」という書類が出てくるシーンです。どのシーンで出てくるのか?目を凝らして観てみてください!
音楽
オリジナル楽曲をハンス・ジマーが担当しています。余程気に入ったのでしょう、リドリー・スコット作品では、この「ブラック・レイン」(1989年) 以降、ハンス・ジマーがオリジナル楽曲を提供していきます。
ハンス・ジマーは、クリストファー・ノーラン作品においても「バットマン・ビギンズ」(2005年) から「ダンケルク」(2017年) まで、都合6作品で楽曲を提供しており、作家性の高い映画監督に好まれる傾向があるのかも知れません。
4+α個、見どころを挙げてみました。この映画を鑑賞するにあたって、皆さんの奥行きが拡がることを願っております。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
パッと見、刑事とヤクザのアクション追跡劇でありながら、異文化の衝突と交流、プロ職業人のアイデンティの危機を美しい映像と共に描き上げた芸術作品でもあります。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 3.5 | 暴力シーンが好き嫌いが分かれるとこと |
個人的推し | 4.0 | 周到な構成、演技、映像美 |
企画 | 4.5 | 怪物を異国にまで追うというプロット |
監督 | 4.5 | 緊迫感が凄い! |
脚本 | 3.5 | 個人的にはもっとユーモアが欲しい… |
演技 | 4.5 | ま・つ・だ・ゆ・う・さ・く!! |
効果 | 4.0 | 幻想的な雰囲気 |
ギラギラ、ドロドロした暴力シーンが多いので、そこは好き嫌いが分かれるところだと思います。
ただし、松田優作の遺作であることを差っ引いても、この俳優さんの一世一代の迫真の演技は、映画ファンなら一度は観ておきたいところ。その上で、リドリー・スコット監督の映像美に目を向けていただけると、段々この映画の世界観が病み付きになっていくのではないかと思います。
随所に観られる、通底する「ブレードランナー」感が堪らないです!