この記事で取り上げる「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」は、2011年公開のドラマ映画。9.11 で父を亡くし、より内向的になった少年が、父が遺した鍵の秘密を必死になって探ろうと様々な人と出会う物語。その中で、亡き父の愛、生きている人達の愛を知り、人間関係を取り戻して行く。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
主役の少年を演じたトーマス・ホーンの演技が素晴らしく、”単に家族が死んだから悲しい” のストーリーに閉じず、喪失感を上手く他人と共有出来ない孤独といった、幾重にも重なる心の機微を繊細に描く良作。
美しい映像の中で、少年や、周囲の大人たちの複雑な心情を掘り下げるこの作品の世界を、ちょっと一緒に覗いてみませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から24分50秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、この映画のテイスト、世界観が掴めます。そして、主人公の少年オスカーが、何を求めて行動を起こすのかが見えます。この先もご覧になるか離脱するかを判断する最適なタイミングだと思います。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(原題:Extremely Loud & Incredibly Close) は、2011年公開のドラマ作品で、2005年に発表されたジョナサン・サフラン・フォアによる同名小説を映画化したもの。どちらも 9.11(2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ)を下敷きとしている。
映画は、NY在住で、9.11で父を亡くした11歳の少年オスカー(トーマス・ホーン)の目線で描かれる。オスカー少年が、亡き父トーマス(トム・ハンクス)の忘れ形見である調査探検を通して、様々な人と出会い、父の喪失と対峙し、家族の愛を再確認していくという、”人間関係” とは何か?を深く掘り下げて行く作品。
タイトルの意味
タイトルの ”ものすごくうるさくて、ありえないほど近い (Extremely Loud & Incredibly Close)” は、一言で言えば 9.11 のことである。NYに住む者にとってこのテロは、まず間違いなく物理的に ”物凄く大音量の事件 (Extremely Loud)” であったことは火を見るよりも明らかだ。
そしてこの圧倒的な暴力が人命や街に与えた影響は、間違いなく心情的に ”信じられないぐらい人の心の奥底にまで (Incredibly Close)” 大きな傷を残したことも想像に難くない。
このタイトルは、こうした人の周囲(外側)で起きた大事件が、人の内面(内側)に影を落とした様を1行で見事に示唆していると考えられ、劇中では、オスカー少年が父を亡くした喪失感として綴られて行く。
原作小説と映画の違い
2005年に発表された原作小説「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」と、この記事でご紹介している2011年公開の映画「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」の違いを、ここで簡単に整理してみます。
映画では、全編にわたって11歳のオスカー少年の目線を通して、物語が描かれて行く。オスカーのナレーションも入るので、彼が何を見て、何を感じているかが軸となってストーリーは進行して行く。
一方の原作小説では、オスカー少年の目線に加え、祖母といった彼の家族の目線も盛り込まれていて、こうした家族のキャラクターや、背景、感情も描写することに、より多くの比重が置かれている。映画化に当たって、脚本を担当したエリック・ロスが、ストーリーの軸を整理し、オスカー少年の調査探検により厚みを持たせたのではないかと推測する。
エリック・ロスは、原作となるドラマ小説の軸を大胆に整理し、メリハリの利いた映画脚本に仕立て上げる名手で、この作品以前にも「フォレスト・ガンプ / 一期一会」(1994年)、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(2008年) の脚本を担当し、原作小説を名作映画脚本へと仕立て直している。
作品への評価
この映画への評価は、残念ながら手離しに高い訳ではない。正確に言うと、賛否両論分かれる評価を受けている。その要因としては、
- 9.11 を題材としている
原作小説は2005年発表だが、映画は2011年公開と、同時多発テロの発生から10年を経過しており、このトラウマを映画の題材として扱うことに難しさがあったのかもしれない - 原作とのギャップ
上述のように、映画はストーリーがよりフォーカスされたものとなっており、9.11 を題材とする難しさと相まって、映画は視野が狭いと捉えられた節があるのかも知れない - オスカー少年への一本足打法
そしてその結果、オスカー少年を演じたトーマス・ホーンの演技は素晴らしいが、このキャラクターの目線、感情、葛藤に寄り添い過ぎて、感情的な演出がやや過剰だと見る向きもあるようだ
筆者のような、日本に住む、かつ素人には分からないが、アメリカに住む一部のプロの評論家の目には、監督のスティーブン・ダルドリーの演出は上述のように映ったようだ。
なおアカデミー賞においては、作品賞と助演男優賞(マックス・フォン・シド―)にノミネートされたが、本賞の受賞には至っていない。
商業的結果
本作の上映時間は129分と、極めて標準的な長さである。製作費は4千万ドル程度と言われており、対する世界興行収入は5千5百万ドル程度と考えられ、商業的には大コケ作品である。
上述のように、2011年時点で市場から受け入れやすい内容ではなかったようだ。
あらすじ (24分50秒)
10歳の少年オスカー(トーマス・ホーン)は、ニューヨークで宝石商を営んでいた父のトーマス(トム・ハンクス)を 9.11 で失う。遺体も見つからぬまま執り行われた葬儀も含め、オスカーは、この突然の喪失を受け入れることが出来ず、苛立ち、混乱するばかりだ。
父は生前、かつてニューヨークに存在したとされる幻の第6行政区を探すという調査探検をオスカーに提案する等、父子は極めて良好な関係にあった。
オスカーは、とても賢く、好奇心が旺盛な少年であったが、アスペルガー症候群を疑われる属性を持つこともあり、対人関係に苦労している。父のトーマス(トム・ハンクス)は、調査探検がオスカーにとって様々な人と関わる良い機会になると考えており、賢明なオスカーもその意図を正しく理解した上で、調査にのめり込むのであった。
調査は、時々近所のアパートに住む父方の祖母の手も借りて辛抱強く行われる。
調査の途中経過報告も、父子にとって貴重なコミュニケーションの場だ。トーマス(トム・ハンクス)は決して答えは教えず、オスカーがヒントを手繰り寄せる様も楽しみながら応対する。
夫婦の関係も良好で、トーマスは妻のリンダ(サンドラ・ブロック)にもオスカーの調査状況を共有しつつ、一人息子のオスカーの成長ぶりを二人で喜ぶ。
ところが、9月11日の朝、同時多発テロが起き、ニューヨークでは老若男女が狼狽え、メディアから入る情報に釘付けになる。そしてそれは、オスカーにとっても、生涯 ”最悪の日”となってしまう。父のトーマスはテロの巻き添えを食って、そのまま帰らぬ人となってしまうのだ。
テロから月日が経っても、オスカーは依然として立ち直ることができず、1年が経過して初めて父のクローゼットに足を踏み入れられたような有様だ。ところが、母のリンダ(サンドラ・ブロック)が一切の物に手を付けず生前のままにしておいたこの小部屋で、オスカーは偶然ある物を見つける。
それは、棚の上の死角に置かれていた青い花瓶。花瓶に入っていた封筒。そして、その封筒に収められていた鍵。オスカーは、鍵のヒントを求めて祖母にも連絡するが、情報は何も得られない。
そう言えば、9.11の三週間後から、祖母は自宅アパートの一室を、ある老人男性に間借りさせていたことをオスカーは思い出す。そして、祖母はその「間借り人」とは一切接触するなとオスカーに厳しく言い渡すのみで、「間借り人」の素性については何も明かしてくれない。
学校を仮病を使って休み、鍵についての独自の調査を始めるオスカー。相談に行った鍵屋のオヤジが言うには、この鍵は貸金庫や私書箱の鍵のようだが、20年、30年前に作られた古い物と思われ、製造メーカーも判らないと言う。ただしオヤジが、鍵が収められていた封筒は、隅に小さく「Black (ブラック)」と書かれていることに気付いてくれる。
「Black」を誰かの苗字、そのブラックさんは亡き父と関係がある人と睨んだオスカーは、電話帳を片っ端から調べ上げ、ニューヨークの5つの行政区(マンハッタン、スタテン島、ブロンクス、クイーンズ、ブルックリン)には、合計で472人のブラックさんが居住していることを突き止める。
そして、そのたった一人の ”ブラックさん” を見つけ出すことを、新たな調査探検と位置付けたオスカーは、失われた父との関係を取り戻そうと、母には内緒でニューヨーク中を捜索する計画を立て、必要な荷物をリュックに詰める。
”最悪の日” 以降、より神経が過敏になっていたオスカーは、公共交通機関、閉所、騒音、大声、振動、飛行機と、都市を形作るあらゆるものが苦手になっていたが、決死の覚悟でニューヨーク中を歩き回って ”ブラックさん” 探しに奔走する。手始めは、ブルックリンのフォートグリーンに住むアビー・ブラックさん。
果たしてオスカーは、目的の ”ブラックさん” を見つけ出すことが出来るのだろうか?彼はこの調査探検を通して何を見つけるのか?亡き父の欠片を見つけることが出来るのだろうか・・・?
見どころ (ネタバレなし)
この映画のみどころを3つの観点に絞って述べてみたいと思います。全てネタバレなしで書いて行きますので、皆さんがこの映画をより味わい深く鑑賞する水先案内人役になれていると嬉しいです。
オスカー少年を演じたトーマス・ホーン
この作品の見どころは、とにもかくにも、オスカー少年を演じたトーマス・ホーンの演技に尽きます。これは、トム・ハンクスやサンドラ・ブロックの演技の素晴らしさとは別の論点です。なぜなら、映画の大半はオスカーの描写で構成されているのですから。
オスカーの、賢く、前向きで、世の中のことを全て知ってやろうという少年の野心は、父をテロで突然失った ”最悪の日” 以来、心は内に向き、神経はより過敏になり、喪失感や後悔を誰にも共有出来ない孤独へと変わっていきます。トーマス・ホーンはこれを繊細に、そして自然に演じてみせます。注目です!
日本の妙に小賢しいだけの子役とは大違いです・・・
割り切れない喪失感
筆者は個人的に、心情の東西南北だけを描いた作品には興味がありません。
どういうことかと言うと、人が死んだから悲しい(北)、スポーツで大成したから嬉しい(南)、愛する人に捨てられたから哀しい(東)、地位と名誉を得たから清々しい(西)と言ったように、真北、真南、真東、真西のように気持ちが割り切れる物語には魅力を感じないという意味です。
そうではなくて、家族を守るために強くあろうとしたが為に、かえって家族に疎まれるようになった「ゴッドファーザー PARTⅡ」や、相手を愛するがゆえに別離を選択した「ベンジャミン・バトン」のように、方位で言うなら、北北西や、東南東とでも言うべき、割り切れない心情を巧みに描いてこその ”物語” だと思うのです。
そういう意味では、この「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」は、単に ”かけがえのない人を失った悲しみ” を描くだけではなく、”その事実を受け入れることへの葛藤”、”その葛藤を上手く表現できない苛立ち”、そして、”その苛立ちを家族とも上手く共有出来ない孤独” といった、何とも ”割り切れない喪失感” を、何層にも描こうとしています。
この複雑な心の機微に、私たち自身の心を重ね合わせられるかが、この作品を楽しめるかの分かれ目だと思います。
少年の心情を表す映像美
映像がとても美しいです。
室内を映すにせよ、ニューヨークの街並みを映すにせよ、彩(いろどり)がとても美しいのです。
そして、結構、技巧的な映像のカットも挿入されて行きます。
それは、オスカーの調査の緻密さを表すカットであったり、オスカーの孤独や不安を象徴的に示すカットであったりと。これは、撮影監督を務めたクリス・メンゲスに依るものなのでしょうか。
とにかく映像がとても美しいのです。
まとめ
いかがでしたか?
この映画をこれから観ようという方が、この作品を何倍も楽しめるような予習情報になれていると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 3.5 | ちょっと一本調子で辛い・・・ |
個人的推し | 4.0 | でもドップリ浸かるのもアリ |
企画 | 3.0 | もっと振り切って欲しい・・・ |
監督 | 3.0 | アクセントが欲しいかも |
脚本 | 3.0 | 同上 |
演技 | 4.5 | 全員凄い! |
効果 | 4.0 | 映像が美しい! |
このような☆の評価にさせて貰いました。
良作なんですが、繊細なタッチが、一本調子で続いて行くので、観ていてちょっと辛いです。人の死による喪失感を描いているのだから、当然と言えば当然なのですが、風刺も含めたコメディ要素を少し足すなど、ちょっと救いが欲しいです・・・個人的には・・・
演技は、登場人物全員素晴らしいです!主役のトーマス・ホーン。主役級のトム・ハンクス、サンドラ・ブロック。脇を固める俳優陣も。全員凄いです!