この記事でご紹介する「オッペンハイマー」は、日本以外の国では2023年に公開された伝記映画。”原爆の父”と呼ばれるJ・ロバート・オッペンハイマーの、理論物理学者としての軌跡を描いた作品。製作(エマ・トーマスと共同)・脚本・監督をクリストファー・ノーランが務めており、2024年2月時点でノーラン最新作。
主演のロバート・オッペンハイマーを演じた名優キリアン・マーフィーを始め、アカデミー賞7部門を受賞する快挙を成し遂げた。
※ 2024年1月時点でUltra HD版 Blu-ray (ブルーレイ)で本作を既に鑑賞した筆者が、この記事を書いています。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(序盤に限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
2023年中は、日本公開の目処すら立たないという状況が続いていた本作品。人類初の原爆開発を主導した人物を描いた作品が、唯一の被爆国日本の市場でどう受け止められるかが懸念されてきたからか?
そんな中、配給に名乗りを上げたビターズ・エンド社が、2024年の1月になって、日本公開日は2024年3月29日(金) と発表。上映館情報、IMAX での上映がされるのか?についても、本記事で触れて行きます。
一つ言えることは、歴史的背景知識ゼロ、かつノーラン作品初心者だと、正直超難解な作品です。初見からスッキリとこの物語を理解するために、この記事でしっかりと予習して行きませんか?
概要 (ネタバレなし)
本作品の位置づけ
「オッペンハイマー」(原題:Oppenheimer)は2023年7月に公開された(日本を除く)伝記映画。クリストファー・ノーランが製作 (エマ・トーマスと共同)、脚本、監督を務めている。「メメント」から数えて自身11作目の作品である。
第2次世界大戦中のアメリカ合衆国の極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を科学面で主導し、世界で初めて原子爆弾の開発に成功した理論物理学者、”原爆の父” こと J・ロバート・オッペンハイマーを描いた映画である。
本作品は、断じて ”原爆出来たぜ、凄いぜ!”という主旨のストーリーではなく、人間オッペンハイマーの、天才物理学者としての若き日々、使命感に燃えるナチス・ドイツおよびソ連との原爆開発競争の苦労、そして、広島・長崎の惨状を知った後の苦悩と葛藤までを含めた、約40年の軌跡を丁寧に描いた物語である。
原作本の存在
この映画には原作本があり、それはカイ・バードとマーティン・J・シャーウィンが共同で執筆した「オッペンハイマー 『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」がそれだ。この本はノンフィクション作品で、2005年にはピューリッツァー賞も受賞している。
この本を、”脚本家としての”クリストファー・ノーランが、映画作品へとどう脚色したかも注目のポイントである。
日本公開と配信開始について
日本国内の配給を担うビターズ・エンド社が2024年1月24日、2月14日に続報を発表し、日本公開日が2024年3月29日(金)になること、IMAX上映が行われることが伝えられた。
上映館は、「オッペンハイマー」公式サイトから辿れるこちらのリンクで確認することが出来る。そして、IMAXⓇ劇場全国50館でIMAX 上映されることが決まった(2024年2月14日のニュース)。詳細はこちら。
また、海外ではデジタル配信とBlu-rayの販売も既に開始されており、2023年11月21日より4K Ultra HDによるデジタル配信とBlu-ray (ブルーレイ)の発売が行われている。筆者も、輸入盤の4K Ultra HD版のBlu-ray (英語版)で本作を鑑賞した。
新たな傑作三部作の2作目か?
ノーランは「ダンケルク (2017)」に引き続き第二次大戦期の史実をベースにした作品を作った。そして「ダンケルク」と同様に1億ドルという、ノーランにしては抑え気味の製作費が割り当てられている。これらの事実から、筆者は ”WWⅡ” (第二次世界大戦) 三部作の2作目を製作したと理解している。
それ以前の3作、「インセプション (2010)」「インターステラー (2014)」「テネット (2020)」は、3本続けて1億6千万ドル以上の製作費を費やしたSFアクション三部作であった。これらとは、コンセプトも規模も明らかに一線を画す。
商業的成功
前作「テネット」(2020年)では、コロナ禍の影響もあり、興行輸入が伸び悩んだクリストファー・ノーランであったが、本作では「作家性と商業性を両立させる稀有な映像作家」の名誉を完全に挽回したと言える。
本作品の上映時間は180分と、3時間の長編大作である。これを体感的に長いと感じるかは、個人の趣味嗜好によるところである。ただし、詳細は後述するが、「オッペンハイマー」は過去のノーラン作品でも味わったことのない視聴体験を提供してくれる。映画ファンは是非これを体験しておくべきなのでは?
製作費1億ドルに対して、世界興行収入は2024年1月時点で9億5千5百万ドルを売り上げたと報じられており、実に9.55倍のリターンとなる。
絶対額としても特大のヒットであり、相対額としても大きな利益を記録している。
芸術的評価
この映画は、第96回アカデミー賞(2024年3月10日、日本時間同11日発表)で最多13部門にノミネートされ、7部門を受賞した。
その13部門(受賞7部門は太字)の内訳は、
- 作品賞 / 監督賞
- 主演男優賞 / 助演男優賞 / 助演女優賞
- 脚色賞 / 撮影賞 / 編集賞 / 音響賞
- 作曲賞 / 美術賞 / 衣装デザイン賞 / メイクアップ&ヘアスタイリング賞
となる。これを追うのが、全くタイプの異なる「哀れなるものたち」の11部門ノミネート。最終的に7部門受賞の快挙を成し遂げた。
Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)では、93%とこの上なく高い支持率を得ている(Rotten Tomatoesでは60%以上が『新鮮』、60%未満が『腐っている』という評価)。そして総評においても、”『オッペンハイマー』は、クリストファー・ノーランのもう一つの魅力的な成果を創り出してる。それはキリアン・マーフィーの力強い(tour-de-force)演技と驚くべきビジュアルによってもたらされている” と、評されている。
キャスト(登場人物)
この作品には、凄い数のキャストが出演している。一度に把握することは正直かなり難しいが、立ち戻る情報として以下を活用して頂けると幸いである(※ キャラクターのグループ毎に色分け)。
役名 | 俳優 | 役柄 |
J. ロバート・オッペンハイマー | キリアン・マーフィ | 理論物理学者でロスアラモス国立研究所所長。 |
キャサリン・”キティ”・オッペンハイマー | エミリー・ブラント | ロバート・オッペンハイマーの妻で、元アメリカ共産党員。 |
ジーン・タトロック | フローレンス・ピュー | ロバート・オッペンハイマーの元恋人 。精神科医。 |
フランク・オッペンハイマー | ディラン・アーノルド | ロバートの弟で、マンハッタン計画に携わった素粒子物理学者。 |
ジャッキー・オッペンハイマー | エマ・デュモン | フランク・オッペンハイマーの妻(ロバートの義妹) |
ハーコン・シュヴァリエ | ジェファーソン・ホール | 大学でオッペンハイマーと友人になったバークレー校の教授。 |
ジョバンニ・ロッシ・ロマニッツ | ジョシュ・ザッカーマン | バークレー校でオッペンハイマーの弟子となった物理学者。 |
ハートランド・スナイダー | ローリー・キーン | オッペンハイマーと共同で塵粒子球の重力崩壊を計算した人物。 |
ルイス・ストラウス少将 | ロバート・ダウニー・Jr. | 元海軍少将で、米国原子力委員会(AEC)の高官。オッペンハイマーを目の敵にしていく |
ルイス・ストラウスの上院補佐官 | オールデン・エアエンライク | ストラウスが米国商務長官に指名された際の補佐官である架空の人物。 |
ルイス・ストラウスの顧問 | スコット・グライムス | ルイス・ストラウス顧問 |
ロイド・K・ギャリソン | メイコン・ブレア | オッペンハイマーのセキュリティ・クリアランス公聴会でオッペンハイマーの弁護を手伝った弁護士。 |
ロジャー・ロブ | ジェイソン・クラーク | オッペンハイマーの保安聴聞会におけるAECの特別顧問。オッペンハイマーを執拗に追いつめて行く |
ウィリアム・L・ボーデン | デヴィッド・ダストマルチャン | 弁護士でJCAE専務理事。 |
ゴードン・グレイ | トニー・ゴールドウィン | 政府高官で、オッペンハイマーのセキュリティ・クリアランスの剥奪を決定する委員会の委員長。 |
トーマス A. モーガン | カート・ケーラー | 実業家、スペリー社の元取締役会長で、オッペンハイマーのセキュリティ・クリアランスの公聴会の委員の一人。 |
ウォード V.エヴァンス | ジョン・ゴワンズ | オッペンハイマーのセキュリティ・クリアランス公聴会の委員の一人。 |
レスリー・グローブス将軍 | マット・デイモン | 米国陸軍工兵隊(USACE)将校でマンハッタン計画の責任者。 |
ボリス・パシュ | ケイシー・アフレック | アメリカ陸軍の情報将校で、アルソス・ミッションの司令官。ナチス・ドイツ側の原子爆弾の関係者、情報を確保収集した |
アーネスト・ローレンス | ジョシュ・ハートネット | カリフォルニア大学バークレー校時代のオッペンハイマーの同僚。ノーベル賞受賞の核物理学者。 |
エドワード・テラー | ベニー・サフディ | 「水爆の父」として知られるハンガリーの理論物理学者。マンハッタン計画に参加するが、水爆開発を提唱する |
ケネス・ニコルズ少将 | デイン・デハーン | アメリカ陸軍士官で、マンハッタン計画の副地区技師。 |
イシドール・アイザック・ラビ | デヴィッド・クラムホルツ | マンハッタン計画のコンサルタントとして働いたノーベル賞物理学者。 |
ルイス・ウォルター・アルバレス | アレックス・ウルフ | マンハッタン計画に携わったノーベル賞物理学者。 |
ロバート・サーバー | マイケル・アンガラノ | マンハッタン計画に携わった物理学者。 |
リチャード・C. トルマン | トム・ジェンキンス | マンハッタン計画におけるグローブス将軍の主任科学顧問。 |
ルース・トルマン | ルイーズ・ロンバード | リチャード・トールマンの妻、オッペンハイマーと親しかった心理学者。 |
エドワード・コンドン | オッリ・ハースキヴィ | レーダー開発に協力し、マンハッタン計画にも短期間参加した核物理学者。 |
ドナルド・ホーニッヒ | デイビッド・リスダール | ロスアラモスの発射装置に携わった化学者。 |
ケネス・ベインブリッジ | ジョシュ・ペック | マンハッタン計画のトリニティ核実験の責任者であった物理学者 |
リチャード・ファインマン | ジャック・クエイド | ロスアラモスの理論部門に勤務した理論物理学者。 |
ハンス・ベテ | グスタフ・スカルスゴード | ドイツ系アメリカ人でノーベル賞を受賞した理論物理学者でロスアラモスの理論部門の責任者。 |
ジョージ・キスティアコフスキー | トロンド・ファウサ | マンハッタン計画に参加したハーバード大学教授。 |
セス・ネダーマイヤー | デヴォン・ボスティック | ミューオンを発見し、トリニティ・テストで使用された爆縮型核兵器を提唱した物理学者。 |
クラウス・フックス | クリストファー・デナム | マンハッタン計画に携わったドイツ生まれの物理学者。 |
シャーロット・サーバー | ジェシカ・エリン・マーティン | ロスアラモスの技術司書長。 |
J.アーネスト・ウィルキンス・Jr. | ロナルド・オーギュスト | マンハッタン計画でオッペンハイマーと共に働いた機械技師、数学者。 |
アルバート・アインシュタイン | トム・コンティ | 相対性理論の開発で知られるノーベル賞受賞のドイツの理論物理学者。 |
エンリコ・フェルミ | ダニー・デフェラーリ | ノーベル賞を受賞したイタリアの物理学者で、シカゴ・パイルの考案者。 |
デヴィッド・ヒル | ラミ・マレック | シカゴ・パイルの開発に貢献したMet Labの核物理学者。 |
ニールス・ボーア | ケネス・ブラナー | 哲学者。オッペンハイマーがイギリス留学時代に出会った心の師。 |
レオ・シラード | マーテ・ハウマン | 後にマンハッタン計画のシカゴ支部で1945年7月、トルーマン大統領に日本への予告なしの原子兵器使用に反対する請願書を回覧した。 |
リリ・ホーニッヒ | オリビア・サールビー | マンハッタン計画に携わったチェコ系アメリカ人の科学者。 |
ライアル・ジョンソン | ジャック・カットモア・スコット | マンハッタン計画で働いたバークレー校のセキュリティ・オフィサー。 |
フィリップ・モリソン | ハリソン・ギルバートソン | マンハッタン計画で働いた物理学の教授。 |
ヴァネヴァー・ブッシュ | マシュー・モディーン | 科学研究開発室長。 |
ウォーレン・マグナソン上院議員 | グレゴリー・ジュバラ | 上院商業委員会委員長 |
ゲイル W. マクギー上院議員 | ハリー・グローナー | ゲイル・マギー上院議員 |
ジョン・パストーア上院議員 | ティム・デケイ | ジョン・パストーア上院議員 |
パトリック・ブラケット | ジェームズ・ダーシー | オッペンハイマーがケンブリッジ時代に師事した教員で、ノーベル賞を受賞した物理学者。 |
ヴェルナー・ハイゼンベルク | マティアス・シュヴァイファー | 第二次世界大戦中、ドイツの核兵器開発に携わったドイツのノーベル賞物理学者。 |
ジョージ・C・エルテントン | ガイ・バーネット | 米国の化学技術者。 |
クルト・ゲーデル | ジェームズ・ウルバニアク | 数学に革命をもたらし、哲学やコンピュータサイエンスに多大な影響を与えた定理で知られる数学者。 |
ハリー・S・トルーマン | ゲイリー・オールドマン | 1945年8月、広島と長崎への原爆投下を決定した第33代アメリカ合衆国大統領。 |
リンドン・B・ジョンソン ジョンソン | ハップ・ローレンス | 第36代アメリカ合衆国大統領。 |
ヘンリー・L・スティムソン | ジェームズ・リマー | トルーマン大統領の下で陸軍長官 |
ジョージ C. マーシャル | ウィル・ロバーツ | トルーマン大統領の下で陸軍長官を務めた人物。 |
ジェームズ・F・バーンズ | パット・スキッパー | アメリカ国務長官。 |
鑑賞前に知っておくべき背景情報解説
1:時系列切り刻みと時代背景
クリストファー・ノーラン作品のファンには、お馴染みの事実であるが、ノーラン作品は物語の時系列が編集で細かく入れ替えられるのが常である。その複雑さはクエンティン・タランティーノ作品の比ではない。
本作品では、キリアン・マーフィー演じるJ・ロバート・オッペンハイマーの人生における、4つの時代の映像が、編集で細かく順番を入れ替えられながら物語が綴られて行く(=映画鑑賞者は4つの時代を行ったり来たりする)。
その編集の必然性、芸術性については、実際に作品をご覧になって確認いただきたいが、その4つの時代がオッペンハイマー個人にとって、あるいはアメリカ合衆国にとってどんな時代だったかを理解していないと、ストーリーが全く飲み込めなくなってしまうので、そこを簡潔に解説しておく。
- 1926年~
- J・ロバート・オッペンハイマー(22歳)が、イギリスのケンブリッジ大学で博士課程を過ごしている時代
- ハーバード大学卒業後に選んだ進路
- 戦争の無い時代なので、人々はヨーロッパ各国を比較的自由に行き来している
- J・ロバート・オッペンハイマー(22歳)が、イギリスのケンブリッジ大学で博士課程を過ごしている時代
- 1947年~
- オッペンハイマー(43歳)が、ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)が委員長を務めるアメリカ原子力委員会の顧問に就任する
- 第二次世界大戦は既に終わっている
- この時代にオッペンハイマーは、ストローズとソリが合わず彼の不興を買う
- オッペンハイマー(43歳)が、ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)が委員長を務めるアメリカ原子力委員会の顧問に就任する
- 1954年
- オッペンハイマー(50歳)が、非公開の公聴会でスパイ容疑を追求される
- 時代は赤狩り(=米国内で共産主義者を過度に訴追した時代)真っ最中
- オッペンハイマーにも嫌疑が掛けられ、関係者が順番に非公開の公聴会で証言をさせられる
- オッペンハイマー(50歳)が、非公開の公聴会でスパイ容疑を追求される
- 1959年~
- 商務長官候補のルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)が、商務長官に相応しいかが公聴会で調査される
原爆を開発するという、軍の極秘プロジェクトに参加する者は、間違っても他国のスパイであってはならず、機密に接するだけの身の潔白(Security Clearance)が求められるというのが根底にある。
2:マンハッタン計画とは
上記のキャストの表をご覧になると、非常に多くの俳優が物理学者の役でキャスティングされ、その多くが「マンハッタン計画」に参画していることが分かる。「オッペンハイマー」を予習するためには、この「マンハッタン計画」をある程度押さえておくことは不可避なので、幾ばくかの情報を書いてみる。
「マンハッタン計画」とは、第二次世界大戦中のアメリカ合衆国政府のプロジェクトで、原子爆弾を開発することを目的としたもの。計画は1942年に始まり、陸軍のレスリー・グローブス将軍(マット・デイモン)に指揮され、1945年8月に広島と長崎に原爆が投下されたことで終了する。
計画は、その効率化と機密保持の観点から、ニュー・メキシコ州のロスアラモスに、多くの科学者、技術者、軍人とその家族を移住させることで進められた(劇中でも、この描写は出て来る)。
マンハッタン計画のキッカケは、アルバート・アインシュタイン(トム・コンティ)がアメリカ政府におくった手紙で、そこにはナチス・ドイツが原子爆弾を開発しようとしているという警告が書かれていた。劇中では、この手紙ついては言及がなされるだけで詳細な描写は無いが、アインシュタインが物語に登場するのは、こうした背景があってのこと。
これを契機にアメリカ政府は、レズリー・グローブ将軍(マット・デイモン)指揮の下、複数の研究機関から、ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)、エンリコ・フェルミ(ダニー・デフェラーリ)、エドワード・テラー(ベニー・サフディ)、アーネスト・ローレンス(ジョシュ・ハートネット)など、多くのタレントを招集。
プロジェクトは、その最終段階である「トリニティ計画」へと進捗し、遂に広島と長崎に投下されてしまう。
マンハッタン計画は、科学技術の進歩を促し、原子力の平和利用への足掛かりとなった一方で、核兵器開発、東西冷戦の潜在的脅威を増大させるなど、多くの問題を引き起こす元凶になった。
3:トリニティ計画(実験)とは
「トリニティ計画(実験)」とは、「マンハッタン計画」の最終段階のことで、この過程で核実験を行い、結果、原爆の開発を成功裏に締めくくった。劇中では、「マンハッタン計画」と「トリニティ計画」をそれほど明示的に区別してはいないが、一応押さえておこう。
1945年7月16日に、ニュー・メキシコ州アルガモンド砂漠のロスアラモス国立研究所・トリニティ実験場で行われ、爆発による火球やキノコ雲が発生した。
具体的には、爆心地からおよそ1,000フィートの高さで、爆弾が爆発。これにより生じた火球は直径約600フィートにも及び、地面を突き破るような爆発音は数マイル先でも観測。このトリニティ計画の成功によって、アメリカ合衆国は世界で初めての原爆を開発した国となった。
ニュー・メキシコ州ロスアラモスでは異常気象まで起きたと言われる。
あらすじ (映画の冒頭部分のみ)
1926年、22歳のJ・ロバート・オッペンハイマーは、イギリスのケンブリッジ大学に留学し、博士号を取得すべく過ごしていた。しかし、彼は極度のホームシックに掛かってしまい、指導教員のブラケット教授との折り合いも悪く、ノイローゼ気味になってしまう。
ケンブリッジで出会ったニールス・ボーア(ケネス・ブレナー)のアドバイスもあり、オッペンハイマーはドイツのゲッティンゲン大学に転籍する。そこで気分が変わったオッペンハイマーは、メキメキと頭角を現し無事に博士号を取得する。この時代にイシドール・アイザック・ラビ(デヴィッド・クラムホルツ)や、ヴェルナー・ハイゼンベルク(マティアス・シュヴァイファー)と出会い影響を与え合う。
1929年、アメリカに帰国したオッペンハイマーは、若干25歳でカリフォルニア大学バークレー校で教職を見つける。そこで出会ったアーネスト・ローレンス(ジョシュ・ハートネット)らと刺激し合いながら、量子物理学の研究を進め、核分裂を応用すれば核爆弾を発明できるのではないかと考え始める。特に、ローレンスが実験物理学に邁進するのに対し、オッペンハイマーは理論物理学を極めようとする。
この頃、弟のフランク(ディラン・アーノルド)と再会し、弟の婚約者ジャッキー(エマ・デュモン)らと共に、地元のアメリカ共産党のパーティーに顔を出したりする。そして、そんな会合の一つで精神科医のジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)と出会い、男女の仲になる。
タトロックは不思議な女性で、2人は未婚同士なのにもかかわらず、オッペンハイマーとの関係を公にはしたがらず、二人は愛人関係のようになっていく。
程なくして、アメリカ共産党のパーティーで、オッペンハイマーはキャサリン・”キティ”・ブーニング(エミリー・ブラント)と出会い意気投合する。そして、2人は結婚に至り子供をもうける。ただし、オッペンハイマーが研究に没頭していたこともあり、キティは育児ノイローゼになってしまい、夫婦仲は度々危機を迎える。しかし、同僚のキャヴァリエ夫妻らの支援もあり、2人は何とか夫婦生活を続けていく。
1938年。ヨーロッパが、ヒトラーの権勢を脅威に感じるようになっていた頃。ナチス・ドイツが遂に核分裂を成功させ、原爆開発は一気に現実味を帯びて来る。ローレンスらが実験物理学によりその再現性を検証する一方で、オッペンハイマーは理論物理学でその再現性を検証しようとする。
大学の施設内でも、オッペンハイマーは時折周囲の人間と左翼的な集会を開く。ローレンス(ジョシュ・ハートネット)は、そういう言動はオッペンハイマーのキャリアにマイナスだから止めろとアドバイスをくれるが、オッペンハイマーは、これをそれほど大事(おおごと)だとは捉えていないようであった。
果たして、ヨーロッパはナチス・ドイツを中心に戦争へ、そして世界中の物理学者が核兵器開発に関心を持つ中、アメリカ合衆国はこの世界情勢にどのような関わり合い方をして行くのだろうか?そして、J・ロバート・オッペンハイマーは、そんな世界のうねりの中で、どんな役割を果たして行くのだろうか?
見どころ (ネタバレなし)
この映画のみどころを3つの観点で書いてみたいと思います。
正直、この映画の素晴らしさを文章でお伝えするのは野暮なので、こういう観点でもご覧になると、この映画をより味わい深く鑑賞できるのでは?というご提案だとお考え下さい。
全てネタバレなしで書いていきますので、安心してお読みください。
全く新しい映画体験
筆者がこの映画を観た感想の第一声は、「圧巻」でした。
クリストファー・ノーランは、”新しい映画体験”を提供したいという旨を幾度となく話をしていますが、まさにこの作品は”これまで体験したことのない映画鑑賞体験”でした。そして、それは圧巻です。
この物語は、基本的にロバート・オッペンハイマーの主観で描かれて行きます。つまり、キリアン・マーフィー演じるオッペンハイマーの目線を通して、我々はこの世界観を3時間ほど覗いていく訳です。そしてその際に、芝居を観ている、ストーリーを追っているという感覚が、いつの間にか消え去っているんですよね。
我々は、この映画の世界の中に完全に同居して、科学者たちと出会い、交流し、そしてマンハッタン計画に従事して行く。この得も言われぬ映像体験を是非味わってみてください。
筆者は、65インチの4Kテレビ + 5.1.2 chのホームシアターでUltra HD のBlu-rayを再生して視聴しましたが、これを映画館で、しかもIMAXで観たらどうなるんだろうとワクワクしています。
キリアン・マーフィーの役作り
主演のオッペンハイマー役には、長らくノーラン作品で名脇役を演じてきたキリアン・マーフィーが起用されています。ビジュアルを見ても分かるように、本人と見紛う程の役作りです。
痩せこけた頬、虚ろな目・・・
ただ、見た目の再現性もさることながら、キリアン・オッペンハイマーを観ていると、演技を観ているというより、ロバート・オッペンハイマーと生活、人生を共にしているような錯覚に陥るんですよね。その憑依ぶり、そして没入感を味わってください。
原爆の爆発シーン
原子爆弾の爆発シーンは、CGを使わずに撮影されたということが、話題になっていますね。
CGを排して実写にこだわるクリストファー・ノーランらしい演出だと思います。実際の撮影のメカニズムについては素人の筆者には良く判りませんが、ノーラン本人も「核爆弾のトリニティ実験をCGを使わずに再現することは、大きなチャレンジだった」と述べていますね。
筆者がここで強調したいのは、爆発シーンを切り出して、その特殊効果の凄さではなく、ストーリーの流れとの親和性です。画像の必然性が高くて、没入してしまうんですよね。
演出、演技、特殊効果、音響、音楽、編集。全ての粋(すい)が高い整合性で有機的に結合した結果なんだと思います。ご期待ください!
まとめ
いかがでしたか?
テーマが大き過ぎてちょっと難解なこの映画を、初見からスッキリ楽しんでいただくべく、筆者なりのお手伝いを提案させて頂いたつもりです。お役に立てていると嬉しいです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.5 | 気力・体力十分で鑑賞すべし |
個人的推し | 5.0 | こんな体験は初めて! |
企画 | 4.5 | この題材を選んだ勇気に乾杯 |
監督 | 4.5 | まるで映画を再定義してるみたい |
脚本 | 3.5 | 長い・・・ |
演技 | 4.5 | そこにその人物が実在している錯覚 |
効果 | 4.5 | カメラワークと音楽・音響が凄い |
このような☆の評価にさせて貰いました。
「見どころ」が長くなっちゃうので、割愛しましたが、カメラワークが凄いんですよね。固定したカメラから、静的に何かを映しているシーンが(たぶん)1つも無いんですよ。
動的な対象を撮っている、カメラが動きながら撮っている、もしくは、カメラがズームしながら撮っている。必ず動きが付いた映像になっているので、何かを見させられているという感覚は消え去って、ずーーーーっと対象に注目し続けることになります。この全編に渡る緊張感の連続と没入感が、癖になるんですよね。
日本国内公開に向けて、水面下では散々散々紆余曲折を経たとされる本作品。是非一緒に映画館で観ましょう!