この記事でご紹介する「ファイトクラブ」は、不眠症に悩まされながら社会生活を送ってきた「僕」(エドワード・ノートン) と、謎に包まれた男タイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)との2人が作った秘密サークル ”ファイト・クラブ” が、徐々に制御不能に陥り、ついには世間に騒乱を巻き起こす様を描いた映画。1999年公開。デヴィッド・フィンチャー監督のえぐるような演出により、カルト的な人気を誇る。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
本作品はパッと見、暴力を前面に押し出したハプニング系の映画に見えますが、その裏では現代社会に生きる個人の孤独が、葛藤の末に何を欲して行くのか?が描かれていて、コロナのパンデミックを経験した現在の我々こそ、”フィジカル(肉体)”と”メンタル(精神)”の意義と関係性を見つめ直すのに最適な作品かも知れません。この記事で一緒に予習情報を仕入れてみませんか?
ジャッジタイム (ネタバレなし)
この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、
- 上映開始から37分40秒のタイミングをご提案します。
ここまでご覧になると、まずはこの映画のテーストが見えます。そして、主人公の「僕」(エドワード・ノートン)が、それまでどんな生活を送って来ていたか、そしてどんないきさつでタイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)と出会ったのかが分かります。この作品が好きか嫌いか、興味を持てそうか否かを判断するのにベストなタイミングだと思います。
概要 (ネタバレなし)
この作品の位置づけ
「ファイト・クラブ」(原題: Fight Club) は、1999年公開の映画。現代的な資本主義生活を謳歌していた主人公の「僕」(エドワード・ノートン) が、いつしか物質的な消費では満たされなくなった心の隙間を、謎の男タイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)と共に、肉体の痛みで埋めようと試みるうちに、2人の秘密サークル ”ファイト・クラブ” が暴走し始めるという物語。
原作は、チャック・パラニュークが1996年に出版した同名小説。ただし、こちらは元々ベストセラー小説と言う訳ではなく、本作の映画化により注目され、映画同様にカルト的な人気を博して現在に至るという感じ。
監督はデヴィッド・フィンチャー。フィンチャーは、映画監督デビューを飾った1992年の「エイリアン3」(原題:Alien3) が、興行的にも評論家からの評価でも大コケし、監督業から一時期離れる。しかし、1995年に「セブン」(原題:Seven) でブラッド・ピットとコンビを組み、ダークでサスペンス色の強いこの作品が興行的にも大ヒットしたことで監督業に復帰。
1997年の「ゲーム」(1997年、マイケル・ダグラス、ショーン・ペン出演) を挟み、再びブラッド・ピットとタッグを組んだのが、この「ファイト・クラブ」(1999年) だ。
商業的実績
この映画の上映時間は139分とちょっと長め。6千3百万ドルの製作費に対して、世界興行収入は1億1百万ドルと、1.6倍のリターンしか得られていない、決してヒット作とは言えない結果。
映画は通常、製作費(←撮影と編集にかかった費用)の他に広告宣伝費等が掛かるため、最低でも2倍、願わくば3倍の興行収入が期待される。特にこの映画は北米での収益は大赤字(北米では3千7百万ドルの興行収入)であったため、配給の20世紀フォックス社では責任を取らされてクビになった責任者が出たと言われている。
評価
ただし、興行成績とは裏腹に、この映画は時代を代表する非常にシンボリックな作品として映画ファンの心に刻み込まれており、その1つの証拠として、以下の調査結果がある。
イギリスの映画雑誌「エンパイア」が2008年に行った調査「The 500 Greatest Movies of All Time」(史上最高の映画トップ500) の調査では、この作品が10位にランクインしてる。
- The Godfather (1972)
- Raiders of the Lost Ark (1981)
- The Empire Strikes Back (1980)
- The Shawshank Redemption (1994)
- Jaws (1975)
- Goodfellas (1990)
- Apocalypse Now (1979)
- Singin’ in the Rain (1952)
- Pulp Fiction (1994)
- Fight Club (1999)
また、同年に同じく「エンパイア」が行ったThe 100 Greatest Movie Characters (偉大な映画キャラクタートップ100) という調査でも、この作品でブラッド・ピットが演じたタイラー・ダーデンが7位にランクインしている。
- インディアナ・ジョーンズ(Indiana Jones) – 「インディアナ・ジョーンズ」シリーズ
- ジェームズ・ボンド(James Bond) – 「ジェームズ・ボンド」シリーズ
- ハン・ソロ(Han Solo) – 「スター・ウォーズ」シリーズ
- ダース・ヴェイダー(Darth Vader) – 「スター・ウォーズ」シリーズ
- ジョーカー(The Joker) – 「ダークナイト」
- ハンニバル・レクター(Hannibal Lecter) – 「羊たちの沈黙」
- タイラー・ダーデン(Tyler Durden) – 「Fight Club」
- フレッド・デュークス(The Dude) – 「ビッグ・リボウスキ」
- エレン・リプリー(Ellen Ripley) – 「エイリアン」シリーズ
- ヴィトー・コルレオーネ(Vito Corleone) – 「ゴッドファーザー」
あらすじ (37分40秒の時点まで)
大手自動車会社のリコール査定部に勤める「僕」(エドワード・ノートン) は30歳。そこそこ稼ぎも良いので、高級コンドミニアムの上層階に住み、室内は通信販売で買い揃えた高級家具で装飾され、服はアルマーニやカルバンクラインといった高級ブランドで固めている。
しかし、徐々に自身のそんな生活に満たされなくなり、それは高級商品の更なる消費でも解消されず、ついには深刻な不眠症に苦しむようになっていく。
仕事柄、自社の車の事故が起これば現地で調査をする必要がある。深刻な寝不足で朦朧とした頭を抱え、全米各地を飛行機で飛び回る生活を送っていると、時差(アメリカでは東西に大きく移動すると、1時間足したり引いたりする必要が出て来る)も手伝って、時間と場所の感覚が不明瞭になってくる。
そんな折、あるキッカケで ”睾丸ガン患者の集い” に出席すると、そこには睾丸を摘出したことで”男”としての自尊心も失った、悲痛な患者たちの声で溢れ、涙を流す者も大勢いた。「僕」はそんな涙に囲まれ、患者たちとハグを交わすと、不思議と心が安らぎ、不眠症は解消されるのであった。
味を占めた「僕」は、末期がん患者、脳腫瘍患者、結核患者と、目に付いた全ての ”患者の集い” に通い詰め、心の平穏を得て行くが、そんな安寧な生活も長くは続かなかった。なぜなら、マーラ(へレン・ボナム=カーター)という女と、あらゆる”患者の集い”で鉢合わせすることに気付いたからだ。
「僕」と同様あらゆる”患者の集い”に顔を出すマーラ。健康な女性にしか見えない彼女を、”睾丸ガン患者の集い”でも見かけたことで、「僕」と同様ニセ患者だと確信した「僕」は、向こうもこちらをニセ患者だと見透かしているような気がして、罪悪感からか再び不眠症に陥ってしまう。
再び朦朧とした頭で出張する日々に舞い戻った「僕」は、ある日飛行機で隣席になったタイラー・ダーデンという男と言葉を交わす。タイラーは石鹸の行商人で、家庭にある材料でどんな爆弾でも作る知識も持っていると豪語する。常に皮肉めいたミステリアスな男だ。
タイラーから名刺を受け取り、空港から帰宅の途に付くと、何とコンドミニアムの自身の部屋がガス爆発を起こし、家具や衣服は窓から屋外に飛び散り、部屋は居住不能となっていた。行く当てのない「僕」が、貰った名刺を頼りに、公衆電話からタイラーに電話をしたところ、2人はバーで飲むことになる。
ひとしきり酒を飲み交わし、バーを後にしようとすると、意外なことにタイラーは、ハッキリと「泊めてくれ」と言うのなら自宅に来ても良いと言う。行く当てのない「僕」がその旨頼むと、今度は代わりに1つ頼みを聞いてくれと言う。そして、その頼みとは、”力いっぱい自分のこと(タイラーのこと)を殴ってくれ”というものだった。
ためらう「僕」であったが、本気で懇願するタイラーに根負けし、慣れない手つきで殴ると、耳を殴ってしまう。想定外の耳への攻撃に悶絶するタイラーは、ひとしきり痛みに耐えた後、「僕」を殴り返す。二人は、この肉体の”リアル”な感触と痛みで、何かが吹っ切れたように意気投合する。
これをキッカケに「僕」は、タイラーが1年前から住みついている「自宅」という名の半廃墟の一軒家で寝泊まりするようになる。二人は夜な夜なバーに繰り出しては、バーの周辺で殴り合いをし、その肉体の”リアル”な感触と痛みがもたらす”生きている”という実感に身を委ねて行く。
「僕」は、昼間は青アザを付けた顔で会社に出勤し、夜はタイラーと殴り合う。そして、その生々しい殴り合いの熱気が、周囲を行き交う男たちの耳目を集めるようになって行く…
果たして、二人の生活はどうなって行くのだろうか?「僕」の生活、人生はどうなっていくのか?殴り合いに興味を示す周囲の男たちとどんな関係を持って行くのだろうか???
見どころ (ネタバレなし)
ここから6つの観点で、この映画の見どころを述べてみたいと思います。ネタバレなしで書きますので、これから初見でこの映画をご覧になろうとしている方にも、安心の予習情報になると思います。
一人称語り
ビジュアル面に言及する前に、この映画の最大の特徴について触れてみたいと思います。それは、この映画は一人称「僕」の語り(ナレーション)によって進行して行く点です。エドワード・ノートン扮する、この「僕」には役名はなく、これは映画のクレジット上も同様です(”ナレーター”とだけ表記される)。
そして、映画が始まると直ぐに気付くことですが、どうやら騒乱の状況が行くところまで行ってしまった状態から、「僕」がこれまでの事態を振り返る形で物語が進行して行くことが示唆されます。そして、そこにはタイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)が深く関与していることも…
ここで注目すべきは、この一人称語りは決して饒舌ではないという点です。むしろ、物静かで言葉数も少なく、朴訥(ぼくとつ)な感じで話していくのでセリフの絶対量は決して多くないです。これが、後述するビジュアル面の鮮烈さとのギャップを生み、結果この映画にある種の客観性とリアリティをもたらして行きます。
優れたバランス感覚だと思います!
絵(ビジュアル)の素晴らしさ
デヴィッド・フィンチャー監督が創りだす”絵”(ビジュアル)がとにかく鮮烈です。”引き”の絵、”寄り”の絵、ズームアップ。また、接写した対象物をファストカット(=短い尺のカットを編集で繋ぎ合わせて、シーケンスにスピード感を出す技法)で繋いで、スリリングに物語を展開させたり。
あの手この手で、物語を巧みに進行させて行きます。これにより軽快なテンポが作り出され、紆余曲折が割と長い映画にも関わらず観る者を飽きさせません。これは、これからご覧になる方も、安心して身を委ねて良い点だと思います。
また、この映画は全編に通底する設定として、主人公「僕」の頭は不眠症のせいで朦朧としがちというのがある訳ですが、それが以下3つのアプローチでビジュアル面でも演出されていきます。
サブリミナル効果
この映画では、禁じ手サブリミナル効果(人間が見逃してしまうぐらいの一瞬のカットを挿入する手法。潜在意識に働きかけると言われている)が使われていて、「あれ?今画面が一瞬変な感じにならなかった?」というぐらいの感触を受けると思います。これが、主人公「僕」が睡眠不足で一瞬ウトウトっとした感覚の再現なんじゃないでしょうか?
上記で「あらすじ」を書いた範囲だけでも、1) オフィスで「僕」がコピー機を操作しているシーン、2) 不眠症を相談した精神科医と会話しているシーン、3) ”患者の集い”から足早に去るマーラ(ヘレナ・ボナム=カーター)の後ろ姿のシーンで、このサブリミナルが出現するので、Blu-Ray やサブスク視聴をする方は、一時停止して中身を確認するのもアリだと思います。
何が映り込むかは、ご覧になった方のお楽しみ!
暗めの照明を追及している
照明が非常に暗めに設定されているシーンが多いです。主人公「僕」の寝不足で陰鬱な気分を示唆しているのではないでしょうか?
全体のトーンが暗く、しかし登場人物達には調節されたスポットライトが当たり、全体的にはボヤけ気味の絵に、対象物が浮かび上がるような画面がとても印象的です。ご自身の目でお確かめください。
効果的な妄想シーン
主人公「僕」の妄想を可視化したシーンが随所で出てきます。これらのシーンは、妄想だから手を抜くのではなくて、むしろディティールのリアリティにこだわって描いている節があります。
主人公「僕」が寝不足で憔悴して、夢と現実の境目が曖昧になっていく感じが、こうしたビジュアルで表現されていて、似たような経験のある方は、朦朧としている時ってこんな感じ!と共感して頂けるのではないでしょうか?
3人の主要登場人物のキャラクター付け
この作品では、ブラッド・ピット、エドワード・ノートン、ヘレナ・ボナム=カーターの3人の俳優さんが、Billed above the Title(=映画タイトルが表示される前に俳優名がクレジットされる主役級)な訳ですが、3人のキャラクター付けが見事で、この映画を独創的で個性的な物にしていると思います。
ブラッド・ピット
まずは謎の男タイラー・ダーデンを演じるブラッド・ピット。映画公開時35歳。
一般家庭にある材料で爆弾を作ることが出来ると豪語する石鹸の行商人。旅客機にトラブルが発生した際に、座席上部から酸素マスクが出てくるのは、濃い酸素を吸わせて乗客を”ハイ”な状態にし、これから待ち受ける死の運命を受け入れさせるためだ、なんて皮肉を言います。
ジム・ウールスの脚本、デヴィッド・フィンチャーの演出、そしてブラッド・ピットの演技は、短い時間でタイラー・ダーデンをこうして皮肉屋で挑発的なキャラクターとしてあっという間に形作ってしまいます。
ブラッド・ピットがカッコイイから目立ちませんが、よくよく見ると、ド派手なジャンバーやジャケットを着て、スタイリッシュにキメて行きます。Greatest Movie Character の7位に選ばれるのも頷けると思います。ご期待ください。
エドワード・ノートン
続いてエドワード・ノートン。本作のナレーター役の「僕」を演じているので、ともすると個性的な登場人物たちの傍観者のように位置付けてしまいがちですが、この「僕」がタイラー・ダーデンとの関わりを通して、変貌を遂げて行く姿は見応えがあります。
後でも述べますが、この映画のテーマの一つは、物質主義への反抗ですので、「僕」が自宅の爆破事故をキッカケにミニマリストになることで何を追求して行くのか?是非お楽しみください。
ヘレナ・ボナム=カーター
忘れてはいけないのが、ヘレナ・ボナム=カーター扮するマーラです。この掴みどころのない不敵な女性キャラクターが加わるお陰で、この映画はタイラー・ダーデン頼みの一本足打法になりません。
映画に登場してからしばらくは、とにかくタバコを吸いまくる姿を画面に映し出すことで、 徹底したキャラ付けをして行きます。2人の男と1人の女というのは、長年映画で扱われてきた構図ですが、この作品ではどんな三角関係(?)を見せてくれるのか、楽しみにしていてください!
未来予想図
この映画は1999年に公開されました。つまり、20世紀、千年紀の末に制作された訳ですが、「あらすじ」を書いた範囲を眺めただけでも、その後の5年後、10年後、15年後を予見していたかのようなテーマが描かれていることがご覧いただけると思います。
まず、主人公の「僕」は、安定した大企業に勤め、そこそこ収入が良いこともあって、カタログで見た家具や食器を、電話通販で買いまくるものの、心は全く満たされない様が描かれています。
これって、カタログと電話をAmazon に置換えれば、現代人にも全く同じ状況が当てはまりますよね。「物質主義を拒否する」まで過激な思想は不要ですが、現代のような物が溢れる時代に、何を選んで買い求め、何を得ることで人生を豊かにするべきか?という内省は、当時より現代の方がより重要になっているように思います。
この映画は、ヘレナ・ボナム=カーターを除くと、主要な登場人物は実は全て男性です。そして、その男どもが殴り合うことで、肉体的な痛みを感じ、この痛みが生の実感に繋がり、そして”マッチョな自分”に覚醒して行く様が描かれて行きます。
これは恣意的にこんなドギツい話を掘り下げているんだと思いますが、これって裏を返して眺めれば、多様性へのひねくれたアンチテーゼですよね。殴り合わなければ、生きている実感を得られない。血を流さなければ、男としての自信を取り戻せないなんて、どんだけヤバい世界線だよと。
名言
ネタバレを避けるために、皆までは申しませんが、
- The first rule of Fight Club is: You do not talk about fight club (ファイト・クラブ第1のルール。ファイト・クラブのことは口外するな!)
という、後に大変有名になる台詞(名言)が出てきます。
この時代に青年期を迎えていたアメリカ人はほぼ100%、この台詞を知っています(筆者調べ)。つまり、”The first rule: You do not talk about ~” と話す場合は、それがこのファイト・クラブのパロディだということが”お約束”としてバッチリ通じます。
音楽
ザ・ダスト・ブラザーズが担当するBGMが刺激的です。映画冒頭のタイトルロールから、刺激的な音楽が流れ、この映画のテーストを定義付けて行くので、いきなりBGMの存在感をご確認頂けると思います。
以上6つの観点で、この映画の見どころを述べてみました。この作品をより味わい深く鑑賞するお手伝いが出来ると嬉しいです。
まとめ
いかがでしたか?
この独創的な映画の魅力を、ネタバレしないという制限の元で、なるべく沢山語ったつもりです。
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 3.5 | 暴力シーンと性描写がちょっとエグイかも… |
個人的推し | 4.5 | カブる映画があるかな?独創的です。 |
企画 | 4.5 | こういうプロットの映画が好き |
監督 | 4.0 | 見せる描写ではなく、見せない工夫! |
脚本 | 4.0 | 良く出来ている! |
演技 | 3.5 | ブラピが凄い! |
効果 | 4.0 | 映像が鮮烈! |
このような☆の評価にさせて貰いました。
「暴力シーンの多さにより過小評価されている」という評価が定着しつつある本作ですが、筆者は結構当たらずも遠からずだと思っています。実際暴力シーンが多いのは事実ですし、目を凝らして観れば観る程、性描写が目に付きます。そういう意味では、万人におススメできる映画ではないと思います。
しかし、間違いなく独創的な映画ですし、暴力シーンもエゲツなく描くよりも、なるべく”そのもの”は映さないようにして、観客の想像力との共同作業によって、作品を完成させようとしている監督の意図も伺え、実に興味深いです。
特にブラッド・ピットの圧倒的な存在感と、この映画の世界観がベストマッチしていて、こういう世界線に浸り切りたい映画ファンにはたまらない作品だと思います。
我が家では、この作品に対する評価が、妻とパックリ分かれます…www