この記事では、ロバート・デ・ニーロの役作りへの執念を一躍世に知らしめた名作、『レイジング・ブル』の解説をします。マーティン・スコセッシ&ロバート・デ・ニーロの黄金タッグは如何にしてこの名作を作り上げたのか。狂気とも取れるデニーロアプローチとは?鑑賞前に知っておきたい作品への評価をお伝えしていきます。
この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。
もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。
この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴、あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。
この映画を観るかどうか迷っている人、観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人 のことも考え、ネタバレしないように配慮しています。
俳優が役に入り込むって何なんだろう?その観念を一変させた、この作品の世界にちょっとだけ足を踏み入れてみませんか?
ジャッジタイム
本作品を観続けるか、中止するかの判断をするジャッジタイムは、
- 上映開始から26分の時点をご提案します。
ここまでで、主人公の性格や置かれている環境、作品のテーストがお分かりいただけると思います。
概要(ネタバレなし)
作品の概要
『レイジング・ブル』は、1980年公開。マーティン・スコセッシが監督、ロバート・デ・ニーロが主演を務めました。実在のプロボクサー、ジェイク・ラモッタの自伝をもとに、ポール・シュナイダーとマーディク・マーディンが脚本を担当しました。ポール・シュナイダーは、4年前の1976年にも、このマーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロと組んで『タクシードライバー』の脚本も手がけています。
作品の評価
本作品は、第53回アカデミー賞において主演男優賞と編集賞を受賞した作品です。特にロバート・デ・ニーロにとっては、ゴッドファーザーPartⅡのビトー・コルレオーネ役で助演男優賞に輝いたのに引き続いての、2回目のオスカー獲得であり、更には彼の役作りの仕方が、その後ブームになるほど圧倒的な印象を映画界に刷り込んだ作品であると言えるでしょう。
この映画は、「アメリカ国立フィルム登録簿」(National Film Registry) に登録されている。これは、連邦政府国立フィルム保存委員会(The United States National Film Reservation Board)が毎年25作品を選定するもので、本作品が、アメリカの文化的、歴史的、芸術的に、後世に多大な影響を与えたことが公的機関からも認められた証である。
デニーロアプローチとは
ロバート・デ・ニーロは、今では珍しくもない”体重の増減”という役作りのメソッドを初めて生み出した俳優であり、その作品こそが本作、『レイジング・ブル』なのです。
本作において彼は、ボクサー役を演じるにあたり数ヶ月間ボクシングジムで体を鍛え上げ、その後クランクインからクランクアップまでの間に体重を27kg増量して、アスリートが引退し年を重ねるごとに太っていく様をリアルに演じ切りました。彼のこの役作りは映画界で高い評価を受けオスカーを受賞しただけでなく、この方法を真似て役作りをする俳優が増え始め、一つのメソッドとして「デニーロアプローチ」と言われています。最近でいうと『ジョーカー』のホアキン・フェニックスが20kgの減量をしたことが話題になったようにデニーロアプローチは現在でも役作りの王道として定着しています。
彼の役作りは他の映画でも何度も話題になっており、
- 『ゴッドファーザー Part2』の撮影前、シチリアに住んでイタリア語を習得し、シチリア訛りの英語も完璧にマスターした
- 『タクシードライバー』の撮影前、ニューヨークで3週間タクシードライバーをしていた
- 『レナードの朝』の撮影前、1ヶ月間実際に入院して患者の仕草などを観察した
など、執念めいていると言えるほど徹底した役作りをする俳優として有名です。
撮影開始直前のデニーロは、ジムのトレーナーから「もうプロデビューできる」と言われるほどだったそう。
黄金タッグの復活
本作品は、監督マーティン・スコセッシと俳優ロバート・デ・ニーロが共同で製作した4本目の長編映画ということになります。作品の評価や2人の「黄金タッグ」のキャリアを見れば、本作は走り続ける列車の一つの停車駅程度の印象を受けるかもしれません。しかし実際には、本作は彼らにとって乗り越えなければならない高い壁を超えた重要な一作です。
公開年 | 作品名 | あらすじ |
1973 | ミーン・ストリート | 3流ギャングの主人公だけは問題児ジョニーボーイを庇っているが… |
1976 | タクシードライバー | 不眠症に悩まされる主人公がタクシードライバーとなり、社会を嫌悪していく |
1977 | ニューヨーク・ニューヨーク | 主人公のサックス奏者と恋人の関係は彼の短気な性格のせいで変化していく |
1980 | レイジング・ブル | ボクシング王者のキャリアと引退後の人生を描いたドラマ |
1982 | キング・オブ・コメディ | コメディの王様になることを夢見る男が次第に常軌を逸して行く様を描く |
1990 | グッドフェローズ | ニューヨークを舞台に実在のマフィアの半生を描いたクライムドラマ |
1991 | ケープフィアー | 弁護士家族と彼らを付け狙う男を描いたサイコスリラー |
1995 | カジノ | カジノの支配人とその仲間のマフィアを描いたクライムドラマ |
2019 | アイリッシュマン | 実話をもとに労働組合とマフィアの関係を描いたクライムドラマ |
「黄金タッグ」にとって本作の一つ前の作品『ニューヨーク・ニューヨーク』は興行的にも批評的にも惨敗でした。当時30代中盤を迎えたスコセッシは、離婚のストレスや体調不良も相まって、精神的に追い込まれていました。本作品は、そんな環境下で入院中の彼に、盟友デニーロが以前から構想があった本作のアイディアを持ち寄ったことが製作のきっかけになったそうです。
スコセッシは監督キャリアの最後の作品になってもいいと言ったほどの情熱を本作に傾け、デニーロはそれに応える情熱で過酷な役作りを敢行。「黄金タッグ」は評価を取り戻し、その後現在に至るまでにさらに5本の映画を作り上げました。
あらすじ(26分の時点まで)
1964年、クラブのオーナーとして語るジェイク・ラモッタからストーリーは始まる。彼はかつてボクシングでミドル級チャンピオンだった。
1941年、ジェイクは7回のダウンを奪った相手に判定負けをする。ボクシングも街の裏社会を牛耳るボスが全てを握る時代だ。彼は理不尽な敗北に、妻や弟に当たり散らす。
しかし、ある日、市営プールで15歳のブロンド美女、ビッキーに出会い彼の荒れた心は変化していく。
見どころ
演技
やはり本作の見どころとして演技は外せないでしょう。オスカーを受賞したロバート・デ・ニーロの、前述した役作りもさることながら、主人公の心理を映し出す繊細な演技が監督の叙事詩的な演出と必要な要素を補填し合い、ストーリーの展開と”ジェイク・ラモッタ”という人物の解像度を互いに際立たせています。
主人公ジェイク・ラモッタはジャッジタイム(開始26分)まででは、思ったようにいかないキャリアに精神的に追い込まれ、情緒不安定なボクサーとして描かれています。序盤のシーンで妻と喧嘩するシーンや、弟のジョーイ(ジョー・ペシ)との会話から定まらない彼の精神状態が見て取れます。
しかしビッキーと出会い彼の精神はどう変化していくのか。怒り、辟易、猜疑心、”ジェイク・ラモッタ”という人物を表現する様々な感情を完璧に演じきり、我々を確実に引き込んでいきます。
モノクロ映像
本作品は全編白黒の映像だが、どのような意図によるものなのでしょうか。また、そこからどのような効果が得られるのでしょうか。
まず白黒になった経緯は、
- 当時のボクシング映画が全てカラーだったため差別化したかったから
- スコセッシが当時カラーフィルムの経年褪色を懸念したため
- ボクシングクラブの赤色が映像を損ねるという意見があったため
- デニーロが「自分の過去作が白黒で想起される」と言ったため
など様々な要因があったようです。そしてその効果に関しては、素人考えに過ぎませんが個人的には、余計な周りの色に気が散ることがないため、デ・ニーロから視線が離れず、ひたすらラモッタ目線で描写を解釈できるように感じます。また、本編中、特に動きの多いシーンで影の濃さが、より鮮烈な印象を見ている者に与え続けてきます。
モノクロだから水の色が濃いんだよね。色つけてるのかな?
まとめ
この作品に対する☆評価ですが、
総合的おススメ度 | 4.0 | 好みは分かれますが必須科目です! |
個人的推し | 4.5 | スコセッシっぽさ満載で好き |
企画 | 4.0 | タッグの復活作! |
監督 | 4.0 | 流石の演出とこだわり |
脚本 | 3.5 | 少しわかりづらいかも |
演技 | 4.5 | オスカーも納得の演技 |
効果 | 4.0 | 白黒がいい味出してる |
『レイジング・ブル』は他のボクシング映画とは一線を画し、スポコン的な要素を削り、「伝記映画」であると言わしめるほどに徹底的なリアリティを追求した作品です。ゆえに、総じて焦点はボクシングのファイトシーンではなく、ボクサーを取り巻く環境や、ジェイクの心理描写に常に当たっています。
一方ファイトシーンを疎かにしているかと言うと、全くそうではなく、激しいファイトの描写やリング内での対話が、”スポーツもの”として独立して評価しても、スコセッシの代名詞でもある”クライムもの”の緊迫感を強烈に我々の視覚に刻み込みます。そんな中、白黒映像によってジェイクの心理や人生が見えたり、隠れたりするのもまた魅力です。
ご視聴の際は、嫌でも感じる映像の迫力を楽しみつつも、ロバート・デ・ニーロが表現する繊細なジェイクの感情に注目してご覧ください。
最後に、この記事ではほとんど触れていないジョー・ペシですが、スコセッシ、デ・ニーロ、ペシは3人でのトリオとしても数々の名作を残していますが、その始まりがこの『レイジング・ブル』です。デ・ニーロがペシを見つけてきて、スコセッシが根気良く出演を決めさせたことが、映画界にとってどれだけの功績になったかは言うまでもありませんね。