話題の記事続編なのに1作目の質を超えた映画5選

【あらすじ・ネタバレなし】荒野の用心棒(テーマ曲・ポンチョ・パクリ情報も)

この記事では映画「荒野の用心棒」をご紹介します。マカロニ・ウェスタン人気の火付け役であり、西部劇の範囲を飛び越えて、後の映画に多大な影響を与えた衝撃作。その魅力を様々な面から検証してみたいと思います。

この映画を観るか迷っている方は、後でご提案する ”ジャッジタイム” までお試し視聴する手もあります。これは映画序盤の、作品の世界観と展開が ”見えてくる” 最短のタイミングのことで、作品が気に入らなかった場合に視聴を離脱する目安タイムです。

もし、この映画が気に入らなかった場合でも、このジャッジタイムで観るのを止めちゃえば時間の損切りができます。タイパ向上のための保険みたいなものです。

この映画を初めて観る方のことも考えて、ネタバレなし で、作品の特徴あらすじ(ジャッジタイムまでに限定)、見どころを書いて行きます。この映画の予習情報だとお考えください。

この映画を観るかどうか迷っている人観る前に見どころ情報をチェックしておきたい人ことも考え、ネタバレしないように配慮しています。

本作品で、監督のセルジオ・レオーネ、作曲家のエンニオ・モリコーネ、そして主演のクリントイーストウッドの3人は一躍有名になり、続いて制作した2つの作品と共に、後に”ドル箱三部作”と呼ばれるようになる、この先駆者的作品の世界に一緒に足を踏み入れてみましょう!

目次

ジャッジタイム (ネタバレなし)

この映画を観続けるか、見限るかを判断するジャッジタイムですが、

  • 上映開始から15分20秒の時点をご提案します

ここまでご覧になると、この映画のプロットが見えて、かつストーリーが少しずつ動き始めるからです。

概要 (ネタバレなし)

この作品の位置づけ

「荒野の用心棒」(原題:A Fistful of Dollars) は、1964年にイタリアで制作された西部劇である。監督はセルジオ・レオーネ、脚本はセルジオ・レオーネ(と他2名)、主演はクリントイーストウッド、そして音楽はエンニオ・モリコーネ(本作では、ダン・サヴィオ名義)である。

ドル箱三部作(Dollars Trilogy)と呼ばれる3作品の1作目に位置付けられており、それ以前からイタリアで制作されていた西部劇映画、いわゆるスパゲッティ・ウェスタン(日本ではマカロニ・ウェスタンと呼ばれる)の人気の火付け役になった作品である。

なお、ドル箱三部作は、2つの誤解が生じがちなので気を付けて頂きたい。それは、

  1. 3作品とも、クリント・イーストウッド演じる共通のキャラクターが主人公なので、3作品が内容的に続編のように思われがちだが、実はストーリーに繋がりはない
  2. 3作品ともヒットして儲かったから「ドル箱三部作」と呼ばれているように思われがちだが、2作品に”Dollars”と着いているのが由縁

というものだ。よって、整理すると「世界観は同じだけど、世界線に繋がりは無い」と言えば良いだろうか。

詳しくはこちらの記事に書いておいたので、良かったらご覧ください。

ドル箱三部作の特徴

ドル箱三部作は、下の表からも分かるように、制作体制の骨格は3作通して変わらない。

邦題 原題 制作年 監督 脚本 製作 音楽
荒野の用心棒A Fistful of Dollars1964セルジオ・レオーネヴィクトル・アンドレス・カテナ
ハイメ・コマス・ギル
セルジオ・レオーネ
アリゴ・コロンボ
ジョルジオ・パピ
ダン・サヴィオ(エンニオ・モリコーネ)
夕陽のガンマンFor a Few Dollars More1965セルジオ・レオーネセルジオ・レオーネ
ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
アルトゥーロ・ゴンザレス
アルベルト・グリマルディ
エンニオ・モリコーネ
続・夕陽のガンマンThe Good, the Bad and the Ugly1966セルジオ・レオーネフリオ・スカルペッリ
セルジオ・レオーネ
ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
アルベルト・グリマルディエンニオ・モリコーネ
ドル箱三部作の制作陣

そのお陰もあってか、3作共通の作風を貫いている。ただし、主人公級出演者(=主人公+準主人公)の人数が増えて行くのと、スケール感(セット・ロケの規模)が大きくなっていくという変貌を遂げる。前者は、作品を追うごとに1→2→3と増えて行くし、後者は観てのお楽しみというところだ。

では、その(3作通して変わらない)作風の特徴というのは、

  1. 名無しの男
    • クリント・イーストウッド演じる主人公には、名前が無い。なのでファンからは”名無しの男”と呼ばれている(ドル箱三部作は「名無しの男シリーズ (Man with No Name Trilogy)」とも呼ばれる)。本作では”アメリカ人”とだけ呼ばれる
    • 名無しの男は、自身の素性を明かさず、基本無口で、口を開けば皮肉を言う粗暴な男というキャラクター。良い奴なのか悪い奴なのか、行動パターンからは倫理観が読み取れない
  2. 描写
    • 人物のキャラクター描写は細やか。”寄り”のシーンと”引き”のシーンを織り交ぜて、表情にクローズアップしたり、登場人物間の人間関係を示唆したり、キャラクターを丁寧に掘り下げる
    • ただし、状況説明のセリフが極端に少ないシーケンスが随所に出て来るので、予備情報無しの初見は、目の前のシーンで何が起きているのか戸惑う場面が幾つか出て来る
  3. 情感は音楽が埋めて来る
    • その隙間を埋めてくるのが、エンニオ・モリコーネの音楽だと言われており、モリコーネ独特の、情感豊かな音楽が、観ているこっちの感情は揺さぶって来る
    • 「音で絵を描く、台詞の代わりに音楽にストーリーを語らせる」と称賛されるように、とにかく感情だけは音楽を通して伝わって来る

という物だ。視聴中は迷子になりながらも、終わるとまた観たくなる不思議な鑑賞感を覚える。

ドル箱三部作のヒットとその影響

この”名無しの男”役に、クリント・イーストウッドは、初めからキャスティングされていたわけではない。イーストウッドは、当時アメリカでは「ローハイド」というTVドラマに出演しているテレビ俳優と見なされていた(「ローハイド」の契約の縛りで、国内の映画に出演できない状態だった)。他の何人もの俳優がこのオファーを断ったので、イーストウッドに白羽の矢が立って、彼は軽い気持ちでこの役を引く受けた。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド (2019年)」で、レオナルド・ディカプリオ扮するリックが、映画の冒頭で置かれている状況は、当時のイーストウッドの状況をモデルに、これをデフォルメしたものと思われる。ご興味ある方はこちらの記事もご覧になってください。

「荒野の用心棒」の上述の世界観が、ヨーロッパを中心にバカ受けし、この映画はスマッシュ・ヒットを飛ばす。「荒野の用心棒」は元祖”スパゲッティ・ウェスタン”という訳ではなかったが、その代表作と目されるようになり、上の表にあるように3年間で3作品が制作され、他のスパゲッティ・ウェスタン作品も量産されるようになる。

アメリカ国内での公開は、後述する理由で遅れ、ドル箱三部作の3作とも1967年になって公開された。タイミングはズレたものの、映画の本場アメリカ市場でもこの作品は大ヒットし、”映画俳優”としてのクリント・イーストウッドの知名度は世界的なものになっていく。

上映時間は100分(完全版)で、20万ドルの製作費に対して、世界興行収入1千1百万ドルというヒットを記録した。実に55倍のリターンである!

55倍のROI!!

「用心棒」の盗作問題

「荒野の用心棒」は、「用心棒」(1961年公開、監督:黒澤明、主演:三船敏郎) の著作権を侵害したという意味において盗作作品である。これは、裁判でもハッキリとカタが付いていて、「用心棒」の版権を持つ東宝が、「荒野の用心棒」の制作会社Jolly Film を訴えて勝訴している。Jolly Film 側は、東宝側に謝罪と損害賠償金(10万ドル)、全世界の配給収入の15%を支払うことで決着が付いている。

あらすじ (15分20秒の時点まで)

19世紀後半のアメリカ西部。アメリカとメキシコの国境にほど近い小さな町に、ある日アメリカ人の流れ者(”名無しの男”、クリント・イーストウッド)が辿り着く。

男は、町に入るなり銃を持ったチンピラ3人から嫌がらせを受け、それを避けるように入った酒場のオヤジ、シルバニトに町の惨状を聞かされる。

シルバニト曰く、この町は、酒の流通を取り仕切るバクスター一家(←先程のチンピラ3人はこちら側)と、武器を売り捌くロハス一家という2つのヤクザ者集団に牛耳られており、その縄張り争いの場になっているというのだ。酒場はその両者の家の中間地点に位置しているが、早く町を立ち去るのが身のためだと勧められる。

”名無しの男”はシルバニトから、一番銃の腕が経つのはロハス一家のラモンという息子だということを聞き出すと、”名無しの男”は、先程自分に嫌がらせをした者を含む、バクスター一家のチンピラ4人を早撃ちで撃ち殺す。”名無しの男”は、慌てて飛び出して来たバクスター一家の首領、ジョン・バクスター保安官の制止も無視して、そのまま、報酬100ドルでロハス一家の用心棒になってしまう。

この2つの一家はこの後どういう抗争を繰り広げるのか?この町はどうなっていくのか?”名無しの男”の目論見は何なのか…?

あわわっち

ホント「用心棒」とソックリやないかい!w

見どころ (ネタバレなし)

スタイリッシュなクリント・イーストウッド

クリント・イーストウッド扮する”名無しの男”が実にスタイリッシュだ。”世界線は無関係なのに世界観は一緒”という謎の三部作、”ドル箱三部作’”において、(基本的に)クリント・イーストウッドが身に付けている衣裳は同じだ。つまり、同じキャラクターを演じているということだ。具体的には、

  • 革の帽子
  • 口の左側に常に咥えている細長い葉巻
  • 水色のシャツ
  • ヨレヨレの革のベスト
  • 細身のジーンズ
  • ブーツ
  • 柄の入った緑色のポンチョ

ハッキリ言って、超カッコイイ!!このコスチュームがカッコイイのか、そもそもイーストウッドのスタイルが良いのか、段々分からなくなってくるが、要はたぶんどっちもなんだろうけど、とにかくカッコイイ。この幾つかは、イーストウッドがロサンゼルスで購入し、それをイタリアに持ち込んだ物だというのだから、何とも時代を感じる。

Amazon で検索すると、制作から60年近い時を経た現在でも、再現用のグッズがちゃんと売られている程の人気だ!

あわわっち

ハッキリ言って欲しいwww

”名無しの男”のキャラクター

”名無しの男”というキャラクターの外面について先に書いたが、その内面にも触れておきたい。しかし、実はこれが、いささか謎だ。

そもそも、無口な男という描かれ方で、自身の背景を述べるシーンや、回想シーンが全く無いので、正体不明なのである。どこで生まれ、どこから来て、どこに向かうのか。どうやら用心棒的な仕事により金を稼ぎ、それで暮らしている根無し草っぽいことは何となく分かる。

それ以上に謎なのは、その目的である。何故、この町の2つの勢力に積極的に絡んで行くのか?バクスター一家の素行不良のチンピラとは言え、あっさりと撃ち殺してしまう。倫理観が良く解からない。勧善懲悪を成立させるほど清廉潔白な訳ではない。

この辺りの、多くを語らないアウトロー感が、人気の秘密ってことなんだと思う。

セルジオ・レオーネ監督の演出

既に「ドル箱三部作の特徴」の”描写”でも少し触れたが、セルジオ・レオーネ監督の演出が凝っている。素人目にも良く解かる。とにかく、画面を構成する構図が、とても示唆的に語りかけて来る。

一つだけ例を挙げると、客足の途絶えた酒場の窓を開けると、そこには職人が棺桶を作っている姿が現れるシーンなんて、実に計算しつくされた構図である。

大胆な”寄り”のカメラワークで、画面一杯に登場人物の表情が映し出され、その息遣いから緊張感がスクリーンを通してこちらに伝わって来たり、”引き”の絵の中に大勢のエキストラを所狭しと映し出して、集団の混乱の情景を演出したり、台詞は少なめな代わりに、”構図”で見えて来る、セルジオ・レオーネ監督の手法がここから確立されて行く感じが良く解かります。

あっつ

だから、結構一生懸命観ないといけないんですよね・・・笑

エンニオ・モリコーネの音楽

既に述べたように、音楽はエンニオ・モリコーネが担当している。映画の冒頭から、21世紀の現代からみると、とても精巧とは言い難いアニメーションが流れ、それと同時にモリコーネ作曲主題歌(A Fistful of Dollars – Titles)が流れる。それも結構長い時間。このメロディーがとても印象的で、一発でこの映画の雰囲気を定義してくる。

それ以降も、レオーネ監督が描く絵の構図、モリコーネの音楽のみで”語る”シーンが随所に現れる。段々目と耳が慣れてくると「うん、”マカロニ・ウェスタン”ってこうだよな!」と、この独特の世界観を皆さんも飲み込めるようになってくるのではないだろうか?

好き嫌いは後から決めれば良いことなので、まずは一度眺めて頂いて、20世紀にこういう芸術が成立したんだーと楽しんで頂けると嬉しいです。

あわわっち

モリコーネは、この作品時点では、クラシックの作曲家として映画音楽を担当することにまだ葛藤があって、本名ではなく”ダン・サヴィオ”名義でクレジットされてるんだよ…

ここから、2016年に映画「ヘイトフル・エイト」でアカデミー賞作曲賞を受賞するまで長いですね…

まとめ

セルジオ・レオーネ、エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッドの3人が、ドル箱三部作で築き上げた新しいウェスタンのフォーマットは、後続の”スパゲッティ・ウェスタン”にも引き継がれて、1970年代に掛けて西部劇が量産されていくことに繋がって行きます。

一方で、セルジオ・レオーネとエンニオ・モリコーネの2人は、1984年にハリウッド製作の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」という上映時間205分という超大作を撮りましたが、この撮影現場においては、劇中曲をモリコーネが先に作曲し(通常は、画像を観ながら作曲するので後になる)、それを撮影現場に流しながら撮影することで、出演者やスタッフが作品の世界観に浸りながら映像をフィルムに収めて行くという手法が採られました。

それぐらい、セルジオ・レオーネ監督の目には(耳には?)、エンニオ・モリコーネが奏でる音楽が作品のテーマを如実に表していると映っているということなんでしょう。

この作品に対する☆評価ですが、

総合的おススメ度 4.0 映画ファンなら一度はご覧になるべき?
個人的推し 3.5 初見は少しダルさを感じると思うんですよね…
企画 4.0 「用心棒」を西部劇に移植!
監督 3.5 もう少し分かり易くして欲しい…
脚本 3.0 粗さは目立ちますよね、正直
演技 4.0 演技は良いんだけど、人種が分かりづらい…
効果 4.5 拳銃のシーンは、リアリティ高い!!
こんな感じの☆にさせて貰いました

こういう評価にさせて頂きました。アメリカ、メキシコ国境の町という設定で、それがアメリカ側なのか、メキシコ側なのか、そして、町の人々の顔はラテン系で、でも主人公は白人で、そこに軍隊が来てとか、背景的な設定が良く解からなくなっちゃうんですよね。

そこへ来て台詞による説明が少な目のシーンが出てくると、結構混乱しちゃいますね。芸術性がとても高いのは、ビンビン伝わってくるんですが。

という訳で、映画ファン、とりわけ西部劇ファンの方は、一度は絶対に観るべき必須科目と思ってご覧になるのはいかがでしょうか?

あわわっち

バック・トゥ・ザ・フューチャーPart 3でオマージュになっているのは有名な話?

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